万葉集その六百四十六 (鶏頭)


(鶏頭 とさか状の冠の下の扁平な部分が花)

b0162728_06261023.jpg
( 同上 )
b0162728_06263905.jpg
 (丸い鶏頭)
b0162728_06265628.jpg
( 色とりどりの鶏頭  飛鳥 奈良 )
b0162728_06271892.jpg
 ( 鶏頭咲く飛鳥 )
b0162728_06274476.jpg
万葉集その六百四十六 ( 鶏頭 )

鶏頭(けいとう)はインドや熱帯アジア原産のヒユ科の1年草で、
花穂の頂が鶏の赤い

トサカ状になるためその名があります。
このトサカ状のものを花と見がちですが、そうではなく、トサカ冠の下の
扁平になった部分にびっしり付いているのが小花で、
よくよく観察しないと、
見過ごしそう。
古くは韓藍(からあい)、すなわち韓(から:中国)から渡来した藍(染料)
よばれ、
万葉集に4首。
すべて庭で栽培されている花として詠われています。

「 秋さらば 移しもせむと 我が蒔きし

        韓藍(からあゐ)の花を 誰()れか摘みけむ 」

71362  作者未詳

( 秋になったら移し染めにでもしょうと、私が蒔いておいた鶏頭の花。

その大事な花を一体誰が摘み取ってしまったのだろう。)

韓藍の花すなわち鶏頭は直播にして育て、秋に花汁を染料にしましたが、
ここでは自分の娘の譬え。

「移す」とは花を衣に直接摺りつけて染めることを言いますが、

結婚する、共寝するという意味にも用いられます。
大切に大切に育ててきたわが娘。

いずれ、頃合いをみはからって立派な男と結婚させようとしていたのに、

どこの誰が手をつけてしまったのだろうと嘆く母親。

あるいは、この子と結婚しょうと目を付けていたが、他人がさっさと

奪ってしまったと悔しがる男とも解釈できます。

「 隠(こも)りには 恋ひて死ぬとも み園生(そのふ)

     韓藍(からあゐ)の花 色に出でめやも 」  

112784 作者未詳

( あなたさまへの想いを心のうちに押し隠したまま苦しさに耐えましょう。

仮に焦がれ死にしましょうとも、庭に咲く鶏頭の花のように、

はっきり顔に出したりいたしません。 )

男が結婚をもう少し待ってくれ、他の人には内緒にして欲しいと云った。

むきになって応じたのは、惚れた女性の弱みか。

それでも、心の片隅のどこかで

「あなたほんとに大丈夫、心変わりしない」

という危惧が感じられる一首です。

「 恋ふる日の 日長(けなが)くしあれば 我が園の

    韓藍の花の  色に出でにけり  」 

102278  作者未詳

( あの方に恋してから、もうどのくらい日にちが経ったことだろう。

 我家に咲く鶏頭の花の鮮やかな色のように、とうとう私の気持ちを
表に出してしまった。)

こちらは余り長く待たされたので、とうとう口にも態度にも出してしまった。
相談した相手は母親なのでしょうか。

万葉集の鶏頭はすべて恋の歌。

属名「ケロシア」(ギリシャ語)は「燃える」の意。 

その鮮烈な赤色は恋するものにとってこの上もない表現材料だったのでしょう。

「 鶏頭の 十四五本も ありぬべし」 正岡子規

子規は病床から萩が枯れるのを見、迫りくる初冬の寒気を感じながら

塊となって咲いている鶏頭の野性の力強い姿に自らを励ましつつ、芭蕉の名句
「 鶏頭や 雁の来るとき 尚あかし」 芭蕉 

 

「なお」(赤し)の優雅さに対して、(十四五本)「も」と力強さで勝負した?


   万葉集646 (鶏頭)完

次回の更新は8月25日(金)の予定です。


[PR]

# by uqrx74fd | 2017-08-17 06:28 | 植物

万葉集その六百四十五 (秋立つ)

( 夏と秋が行き交ふ空 )
b0162728_15371742.jpg

( 蟋蟀:コオロギ 向島百花園 )
b0162728_1537269.jpg

( かわづ=カジカ 吉野川 )
b0162728_15363950.jpg

(  残暑お見舞い  朝顔の氷漬け   上野 )
b0162728_15363072.jpg

( 沖縄ビードロ  川崎大師 風鈴市 )
b0162728_15361618.jpg

( 福島 喜多方  同上 )
b0162728_1536485.jpg

( 京都  同上 )
b0162728_1535489.jpg

(  佐賀 伊万里 同上 )
b0162728_15353430.jpg

万葉集その六百四十五 (秋立つ)
 
立秋(8月7日)を過ぎたとはいえ、まだまだ衰えを見せない うだるような暑さ。
寝苦しい夜が続き、「早く秋が来ないかなぁ」と溜息をつく。

そんな時、早朝、起きがけに窓を開けると涼しい風がさっと吹き入り
頬を撫でてくれた。
「あぁ、今までの風とは違う」
やはり、秋は近くまで来ているのです。

古今和歌集では、このような気持ちを次のように詠っています。

「 夏と秋と 行きかふ空の かよひぢは
           かたへすずしき  風や吹くらむ 」 
                   凡河内躬恒 ( おおし こうちの みつね) 古今和歌集

( 夏と秋が入れ違って往来する空の通路は
 片側だけが涼しい秋風が吹いているのであろうか )

「 片側の道から夏が過ぎ去り、その反対側から涼しい秋風が吹きはじめて
  すれ違ってゆくのだろうかと想像(大岡信) 」 し、

「 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 
        風の音にぞ 驚かれぬる 」     藤原敏行  古今和歌集

               「驚かれぬる」:「はっと気がつく」

と続きます。

あまりにも有名なこの歌は1100年前の立秋の日に作られ、
今や多くの日本人がこの歌を心の中で口ずさみながら秋を感じ、
立秋といえば「風の音」と云われるまでになりました。

このように風をめぐる歌を文芸の世界にまで高めた萌芽は
既に万葉時代も多く見られます。

「 初秋風 涼しき夕(ゆうへ) 解かむとぞ
      紐は結びし 妹に逢はむため 」   
                     巻20-4306 大伴家持

( 涼しい初秋風が吹く来年の七夕に再び逢い、着物の紐を解こうと
誓いながらお互いに結びあったのだったなぁ。
 ようやく一年が経ちその日がやってきたよ )

難波に単身赴任中の作者が天の川を仰いで詠んだ一首です。
当時の人々は別れの際にお互いの衣服の紐をしっかり結び合っておけば
再び思う人に逢えると信じていました。
牽牛の待ちに待った喜びを詠ったものですが、
作者自身も妻にまもなく逢えるという気持も込めているのでしょう。

「初秋風」は大伴家持の造語、万葉集中この一例のみ。
古代の七夕は8月7日、「初」という言葉に立秋の意を含ませています。
こちらは「音」ではなく肌で感じた気配です。


「 萩の花 咲きたる野辺(のへ)に ひぐらしの
    鳴くなるなへに  秋の風吹く 」  
                         巻10-2231  作者未詳

( 萩の花が一面に咲いている野辺に ひぐらしの声が聞こえてきた。
 おぉ、秋風が吹いてきたなぁ。
 なんとも清々しいことよ。)

萩、蜩、秋風。
爽やかな秋到来の一首です。

「 庭草に 村雨降りて こほろぎの
       鳴く声聞けば 秋づきにけり 」 
                     巻10-2160 作者未詳

( 庭草に村雨が降り注いでいる折り、こおろぎが鳴いている。
 あぁ、秋らしくなったなぁ。)

「村雨」は「ひとしきり降ってさっと通り過ぎるにわか雨」

なんというセンスある万葉人の美しい造語。
白露の草陰ですだく蟋蟀の涼しげな音(ね)が聞こえてきそうです。

「 神(かむ)なびの 山下響(とよ)み 行(ゆ)く水に
    かわづ鳴くなり 秋と言はむとや 」 
                          巻10-2162 作者未詳

( 神なびの山下も鳴り響くほどに流れゆく川の中で、河鹿がしきりに
    鳴いている。 
    河鹿はもう秋だと云おうとしているのか。)

    神なび:  神のこもるところ。
           ここでは明日香のミハ山(橘寺南東)
    川は飛鳥川。

かわづは蛙の一種です。
清流で雄のみ「フィフィフィフィフィフィ、フィーフィー」と
鈴を転がすように鳴き、雌を求めます。
河鹿と書き、当時「かわづ」といえばすべて河鹿蛙のことでしたが、
平安初期から他の種類の蛙と混同し始めいつの間にか蛙全般を
指すようになりました。

風の音、虫の音、河鹿、秋の花々を愛でながら、
ゆったりと時の移り変わりを楽しむ。
まさに日本的感性の萌芽をここに見る万葉人の歌の数々です。

「 横雲の ちぎれて飛ぶや 今朝の秋 」  立花北枝(江戸前期)

                  今朝の秋=立秋


          万葉集645 (秋立つ)完

        次回の更新は8月18日(金)の予定です。
[PR]

# by uqrx74fd | 2017-08-10 15:38 | 自然

万葉集その六百四十四 ( 海 )

( 江の島 )
b0162728_16281343.jpg

( 三浦海岸 )
b0162728_1628155.jpg

( 安房鴨川 )
b0162728_16273997.jpg

( 小豆島 )
b0162728_16272225.jpg

( 二十四の瞳の教室から   小豆島 )
b0162728_1627435.jpg

( 懐かしの映画 二十四の瞳 )
b0162728_16265013.jpg

( 天橋立 )
b0162728_16263171.jpg

(  海王丸 )
b0162728_1626860.jpg

万葉集その六百四十四 (海)

夏本番、海山の季節です。
人々は涼を求めて海水浴や山登りに繰り出しますが、残念ながら
大和は美しき群山(むらやま)あれど、海には縁なき国。
ところが驚くなかれ、万葉人は海の歌を300首以上も詠っているのです。

一体、彼らはどこで詠ったのか?
天皇がたびたび行幸された伊勢、遣唐使が立ち寄った対馬、難波宮近くの住吉、
防人の航路である瀬戸内海から九州、それに能登や若狭等々。
行幸や防人、遣唐使、遣新羅使などは一度に多くの人が海路を利用するので
必然的に歌も多くなりますが、官人の公用も多かったのでしょう。

人々は全国いたるところで海を見て感動し、海人の姿を楽しみ、潮騒を聞き
時には恐れおののきながら旅を続けていたのです。

「大海に 島もあらなくに 海原(うなはら)の
     たゆたふ波に 立てる白雲 」 
                          巻7-1089  伊勢の従駕(おほみとも)

( ここ大海原には島影一つないのに、海上のたゆたう波の上に
 白雲が立ちわたっている。
 なんという美しい光景だろう。)

作者は天皇の行幸にお供し、生まれて初めて海を見たようです。
今まで雲は山の上にしか立たないと信じていた。
ところが水平線の彼方に雲がむくむくわきあがっている。
エェーッ! 島もないのに雲が! 

自然の神秘に驚嘆しながらも船上で少し心細さも感じている。
子どものような素直さが微笑ましい秀歌です。

「 大海(おほうみ)の 水底(みなそこ)響(とよ)み 立つ波の
      寄せむと思へる 磯のさやけさ 」
                           巻7-1201 作者未詳

( 大海原の水底までとどろかせながら立つ波。
 磯に打ち寄せようとしているさまの、なんと清々しいことか 。)

寄せる波が岩にあたって砕け散る。
海鳴りがごうごうと響き渡り、また波が引いてゆく。
波濤や真砂の白さが目に染みる。
あぁ、なんと清々しいことよ。

「 黒牛の海 紅にほふ ももしきの
        大宮人し あさりすらしも 」 
                    巻7-1218 藤原卿

( 黒牛の海が紅に照り映えている。
     大宮に仕える女官たちが、浜辺で漁り(すなどり)しているらしいなぁ。)

作者は藤原一族の高官。(不比等か:伊藤博)
701年持統太政天皇、文武天皇紀伊行幸の折の歌。
黒牛の海は和歌県海南市黒江、黒と赤の対比に興趣を感じた一首です。

都から大勢の美しい女官がお供してきたのでしょう。
自由な時間を与えられて、磯で貝などを漁りながら楽しい時間を過ごしている。

波がおし寄せて来ると大きな声をあげて飛び跳ね、
赤い裳裾(もすそ:スカートのようなもの)の割れ目から、
白い素足が見え、男の官能をくすぐる。
作者が目を細めて眺めている光景が浮かんでくるようです。

「 伊勢の海の 磯もとどろに 寄する波
     畏(かしこ)き人に  恋ひわたるかも 」
                        巻4-600  笠 郎女

( 伊勢の海の磯をとどろかせて打ち寄せる波。
 その波のように畏れ多い方に、私は恋い続けているのです。)

作者は大伴家持に一方的に恋をして、24通の恋文を送りました。
家格が高い相手では成就の見込みがないと思っていたのか「畏き人」と詠っています。
家持の反応は全くなし。
一方的な片恋に終わりましたが、その情熱的な恋歌は私たちを引き付けて
やみません。

「 静けくも 岸には波は 寄せけるか
        これの屋(や)通し 聞きつつ居れば 」 
                         巻7-1237 作者未詳

( この旅寝の襖(ふすま)越しに耳を澄ませて聞いていると、
    潮騒が聞こえてくる。
    今夜の波は、なんと静かにうちよせているのだろう。)

持統天皇伊勢行幸の折、お供した人の作。
賑やかな宴会が終わり、部屋でくつろいでいると、波音が聞こえてくる。
あぁ、今宵は静かだなぁ。
昼間はあんなに大きな音が鳴り響いていたのに。

それにしても都に残してきた妻は今頃どうしていることだろう。

大和から伊勢までは近いといっても徒歩の長旅。
そろそろ郷愁を感じはじめた作者です。

    「 古(いにしえ)の 海を渡りし 名僧の
               肩に止りて 行きし蝶あり 」   石田 比呂志

以下は長谷川櫂氏の解説です。

 「 空海も最澄も中国に留学して仏教を学んだ。
   1200年前のことである。
   その人の肩にとまって1羽の蝶が海を渡っていったという。
   何と軽やかな空想だろうか。
   蝶は未知の国への憧れのようでもあり、その人の英知の輝きの
   ようでもある。」

                    ( 四季のうた―詩歌のくに 中公新書より)


              万葉集644(海)完


        次回の更新は8月11日(金)の予定です。
[PR]

# by uqrx74fd | 2017-08-03 16:28 | 自然

万葉集その六百四十三 (蝉時雨)

( クマゼミ  学友 M.I さん提供 )
b0162728_1524547.jpg

( アブラゼミ )
b0162728_1523517.jpg

( ヒグラシ  雌 )
b0162728_15233215.jpg

( ニイニイゼミ )
b0162728_1523184.jpg

万葉集その六百四十三 (蝉時雨)

夏の晴れたある日。
林の中から蝉の声。

「ジジジジジジ」と「あぶらぜみ」。

ところどころで鳴いてはすぐ止み、
しばらく経つと、またどこかで鳴きはじめる。

「カナカナカナ」(ひぐらし)、
「ミーンミンミンミンミー」(みんみんぜみ)

耳を澄ましていると、やがて大合唱。

「ツクツクボーシ」(つくつくぼうし)、
「センセンセン」(くまぜみ)、
「チ- - ジ- -」(にいにいぜみ)

色々な声が混ざり合った合唱団が奏でる美しいハーモニ-。
やがて、ぴたりと鳴き止み、まわりは元の静寂に。

このような状態を「蝉しぐれ」というのでしょう。

  「 深山木(みやまき)に 雲行く蝉の 奏(しら)べかな 」 飯田蛇笏 

万葉集に見える蝉は10首。
そのうち蜩(ヒグラシ)が9首もありますが、「カナカナカナ」と鳴くものか、
他の蝉かの明確な区別は不明です。

「 石(いは)走る 滝もとどろに 鳴く蝉の
      声をし聞けば 都し思ほゆ 」 
                     巻15-3617 大石蓑麻呂(おほいしの みのまろ)

( 岩に激流する滝の轟くような声で鳴きしきる蝉。
 その蝉の声を聞くと、しきりに都が思い出されてならないよ。)

新羅に派遣された一行が安芸の国、長門の磯辺で停泊したときの1首。
長門の島は広島県呉市南、倉橋島。

滝をなす清流のほとりで遊宴をした折のものですが、
蝉の声を轟々と鳴る滝音に譬える天真爛漫な万葉人。

久しぶりに上陸して蝉の声を聞き、よほど嬉しかったのでしょう。
都の家の近くでも蝉が盛んに鳴いていたさまを思い出し、
しみじみと望郷にふける作者です。

「 恋繁(こひしげ)み 慰めかねて ひぐらしの
     鳴く島影に 廬(いほ)りするかも 」
                     巻15-3620   作者未詳

( 妻恋しさに気を晴らしようもないまま ひぐらしの鳴くこの島陰で
 仮の宿りをしていることよ。)

静かな島のしじまを破るように蜩の声が響いてくる。
「カナカナカナ カナカナカナ」。
身に染みるような涼やかな声。

「あの子は今頃どうしているだろうか」
我が恋の苦しみはますます深く、胸が張り裂けんばかり。

この歌も遣新羅使が長門で詠ったものです。

「 黙(もだ)もあらむ 時も鳴かなむ ひぐらしの
     物思(ものも)ふ時に 鳴きつつもとな 」 
                       巻10-1964 作者未詳

( 気持ちがゆったりしている時に鳴いて欲しいのに、
      こんなに物思いしている時に、むやみやたらと鳴きたてる蜩よ。)

物思う時は女が男を今か今かと待つ夕暮れ。

「黙もあらぬむ時」は 「何もしなくてよい平静な時」

「鳴きつつもとな」の「もとな」は いたづらに

「 普段なら蜩も趣があるのに、心がせいている時はうるさいなぁ。」

「ひぐらしは 時と鳴けども 片恋に
     たわや女(め) 我(あ)れは 時わかず泣く 」 
                             巻10-1982 作者未詳


( 蜩は夜明けや日暮れに時を決めて鳴きます。
 でも私は片思いのため一日中鳴いているのです )

今か今かと待ち続けているのに、あの人は来ない。
今夜も来る当てはないのでしょう。
毎日泣き続けてきた女のある日の夕方の感慨。
しんみりとした可愛い女性の歌です。

「たわやめ」は「弾力がありしなやかな」という意味の「撓(たわ)む」に
「め」(女)がついたものとされ、漢字では「手弱女」という「当て字」で
書かれることが多いので何となく「弱々しい、なよなよとした女」と
いう印象があります。

然しながら、万葉集では「祭祀と執り行う女性」、「芯が強い大和撫子」
さらに、原文表記「幼婦」を「たわやめ」と訓ませて「おさな妻」を
連想させるなど多様な使われ方をしている言葉です。

  「 順番を わきまへて鳴く 山の蝉 」  福田甲子雄

蜩はその涼しげな声から秋の季語とされていますが、
実際には6月下旬からニイニイゼミと共に鳴きだし、アブラゼミ、
ミンミンゼミ、と続き、ツクツクボウシの「秋告げゼミ」で終わります。

小学生の猪瀬真作君は

「 宿題を いそげいそげと ほうしぜみ 」

という秀作句を詠み、( 倉嶋 厚氏紹介)

蝉のメスは鳴かないので、ギリシャの詩人、クセナルクスは

    「 セミは幸福だった。
      沈黙の妻を持つから 」

と云ったそうな。

           万葉集643(蝉時雨)完



          次回の更新は8月4日(金)の予定です。
[PR]

# by uqrx74fd | 2017-07-26 15:24 | 動物

万葉集その六百四十二 (祭と市)

( 飛騨高山祭 )
b0162728_1753416.jpg

(  同上 )
b0162728_1751931.jpg

( 同上 子供たちも楽しげ )
b0162728_175133.jpg

( ねぶた祭  青森 )
b0162728_1744559.jpg

(  立佞武多 津軽 )
b0162728_1742849.jpg

(  古代庶民の祭 歌垣 奈良万葉文化館 )
b0162728_1741170.jpg

( 古代の市  陶器、焼き物  同上 )
b0162728_173532.jpg

( 野菜売り   同上 )
b0162728_1733551.jpg

( 朝顔市  東京 入谷 )
b0162728_1731729.jpg

( ほおずき市  東京 浅草 )
b0162728_1725880.jpg

万葉集その六百四十二 (祭と市)

夏から秋にかけて全国各地は祭や市の季節到来です。
賀茂、祇園、ねぶた、立佞武多、飛騨高山、花笠、仙台七夕、郡上おどり、風の盆、
朝顔市、ほおずき市、風鈴市、草市等々、数え上げればきりがありません。

夏祭がこの時期に多いのは災害や疫病が多く発生し、それを祓おうとする
ところから起きたとされていますが、神輿や山車、祭り太鼓といった賑やかで
勇壮なものが多く、想像するだけでも浮き立つような気分になってまいります。

「祭る」は「祀る」「奉る」とも書かれるように神を崇め安置して
儀式を行うことをいいますが、中西進氏はその語源について非常に
ユニークな見解をされているので一部引用させて戴きます。

『  神は人間にとって怖く恐ろしい存在ですが、それゆえにその畏怖すべき
   力を借りたい場合もあります。
   その時に出てきてもらわなければならない。
   一所懸命に笛を吹いたり、囃したりして、さぁ来てください、
   さぁ来てくださいといって、神を待つ。
   つまり「まつる」とはそういうふうに神を待つ「まつ」に「る」が付いた言葉で、
   「まつり」とは「まつる」の名詞形です。
      (中略)
   神様は、それぞれに支配のおよぶ範囲が決まっていて、その圏内を
   ほうぼう旅して回ります。
   祭礼の時、社を出た神輿が仮に鎮座する場所を御旅所(おたびしょ)といいますが、
   これは神様が立ち寄るところであると同時に、そのテリトリーを示すものでも
   あります。
   神様は「おまつり」されることで、そこへ降りて人々に恩恵を与えるのです。 』

           (  「 日本語のふしぎ 」 小学館所収 )

なるほど、なるほど、お祭りとは神様が来ていただけるように、踊りや
神楽で囃しながらお迎えする、天の岩戸の天照大神以来の伝統であったのだ。

古代の人達にとって神とは太陽や月、海山や川、風や雷など
命の糧や安全にかかわる自然神や各地の地霊神でした。
人々は身近なところにある山々や海川の近くに社を作って祀り、
旅する人は自国と他国の境界を異境と感じ、その地の社や道祖神に
幣を手向けて道中の安全を祈ったのです。
幣とは白い布や紙を榊などの神木の枝に付けたもので、今でも
その名残をとどめています。

 「 国々の 社の神に幣(ぬさ)奉(まつ)り 
                 あがこひすなむ 妹が愛(かな)しさ 」

       巻20-4391  結城郡 忍海部五百麻呂( おしぬみべのいほまろ)

( あちらこちらの社の神様に幣を祀って無事を
  祈ってくれているだろうあの子。
  おれに恋焦がれて、なんともいじらしいことよ。)

作者は結城国(茨城)出身の防人。
故郷を離れ集合地の難波に向かう途中で詠ったものです。

徒歩、野宿の長い長い旅。
山々を越えながら思い出すのは可愛い妻。
泣く泣く別れたあの日の朝。
「今ごろは、あちらこちらの社で旅の安全を祈ってくれているだろう。」と、
故郷の方角を振り返り、振り返りしながら歩いてゆく若者です。

万葉時代の祭は、新年の宴、若菜摘、曲水の宴、花見、端午の節句、
薬狩り、七夕、初穂の祭り(新嘗祭)、紅葉狩など宮廷行事に多く見られ、
次の歌は新嘗祭の寿ぎ歌です。

「 天地と 久しきまでに 万代(よろづよ)に
    仕へ奉らむ 黒酒(くろき)白酒(しろき)を 」 
                巻19-4275  文室智努真人( ふみやの ちのの まひと)

( 天地と共に遠い遠い先々まで、万代にわたってお仕えいたしましょう。
      このめでたい黒酒や白酒を奉げて。)


752年11月25日 孝謙女帝のもとで新穀を神に供える儀式、新嘗祭が
催されたのちの宴でのもの。
新米で作られた酒は、クサギという木の灰を加えたものが黒酒、
加えないものを白酒といい(延喜式)、新嘗の酒を捧げ、治世の長久を賀した一首です。

  「 雑踏の 中に草市 立つらしき 」  高濱虚子

          草市: 盆の時期に供え物の蓮の葉などの植物や食物、用具を売る市

市の歴史は古く西暦280年頃に立った軽の市(奈良県橿原市)が
我が国最古のものとされています。
当時の市は露天であったので、木陰を確保するために色々な樹木を植え、
海石榴市(つばいち:椿)、桑市(桑)、餌香市(えがいち:橘)、軽市(槻:けやき)
などと呼ばれました。

平城京の時代になると物資の交換の場として東西の官営市が設けられましたが、
掘割などの水運をともなう大規模なもので、東市は51店舗、西市は33店舗あり、
取扱い品は各地から運ばれた衣食住に関連するもののほか武器なども扱っていたとか。

朝廷が官営の市を運営したのは、全国各地から税として納められる物産や
現物支給の役人の給与を金銭や必要な物資に交換するためです。

一方、海石榴市、軽の市、阿倍の市(駿河)など市井のものは自由な雰囲気で、
時には歌垣なども行われており、男女の出会いの場となっていました。

「 紫は灰さすものぞ 海石榴市(つばいち)の 
    八十(やそ)の衢(ちまた)に  逢える子や誰(た)れ 」
                                巻12-3101 作者未詳
( 紫染めには椿の灰を加えるものです。
      海石榴市の分かれ道で出会ったお嬢さん! 
      あなたは何処のどなたですか?
      お名前を教えてくれませんか?)

            八十の衢:諸方へ四通八達に道が分かれる要衢の辻

  紫染めの触媒に椿の灰汁(あく)を使います。
 この歌では紫を女性、椿の灰を男性の意を含めて、“混わる”すなわち結婚の
 誘いかけをしています。
 当時は女性の親だけが知っている「本名」と「通り名」があり本名を男に告げることは
 求婚の承諾につながりました。
 さて女性はどのように返事をしたのでしょうか?

「 たらちねの 母が呼ぶ名を申(まお)さめど
     道行く人を 誰(た)れと知りてか 」 
                        巻12-3102 作者未詳

    ( 母が呼ぶ名前を申さないわけではありませんが、でもどこのどなたか分らない
      行きずりの方にそう簡単にお教えすることなど出来るものでしょうか?)

海石榴市は歌垣が行われるところとしても有名で、性の解放も行われていました。
男にとってラブハントは当然の事と声をかけたところ
女性は「教えないわけではないが」と思わせぶりに気を引いておいて、
やんわりと断ったのです。

なかなかしっかりした女性ですなぁ。

 「 西の市に ただ一人出(い)でて 目並べず 
        買ひてし絹の 商(あき)じこりかも 」 
                      巻7-1264 作者未詳 

 ( 西の市にただ一人出かけ、自分の目だけで判断して買ってきた絹は
  とんでもない品だったよ。
  あぁ安物買いの銭失いだ。)

官営市は厳格な管理がなされていましたが、それでも盗品や偽物を持ち込む
怪しからぬ輩もいたらしく、騙されて悔しがっている男です。


  (目並べず) 自分だけの判断で他のものと比較もせず  
  (商じこり) 商いの仕損じ

 「 朝顔の 模様の法被(はっぴ)  市の者」  高濱年尾

朝顔は奈良時代に中国から渡来して、「牽牛花(けんぎゅうか)」とよばれ、
七夕伝説の彦星に擬されていました。
それに因んだのは東京入谷の鬼子母神で開かれる朝顔まつり。(7月6,7,8日)
早朝5時から色とりどりの朝顔が売られ、浴衣姿の人々で賑わいます。

「 みくじ手に 鬼灯市(ほおずきいち)を 覗きけり 」    阿久津 渓音子

こちらは、ほぼ同じ日に浅草寺の縁日に立つ酸漿(鬼灯)市(ほおずきいち)
この日にお参りすると1日で4万6千日分のご利益があるといいます。

どちらもお江戸の伝統の市。
万葉時代から続く市は形を変え、いまだに健在です。

「 鬼灯市 夕風のたつ ところかな 」 岸田 稚魚

        暑かった一日にも夕風が吹きわたってきた。
        店先に吊るされた風鈴の涼しげな響きの心地よさ。



          万葉集641(祭と市)完

          次回の更新は 7月28日(金)の予定です。
[PR]

# by uqrx74fd | 2017-07-20 17:07 | 生活