万葉集その二百三(椿は照葉樹林の華)

日本列島に人々がまだ住んでいなかった時代、この島の南の大部分を覆っていたのは
照葉樹林であったといわれています。

即ち、広い葉の表面に光沢をもった常緑の樹種、例えばシイ、カシ、クスノキ、
ヤブツバキが主となっている林で、椿はそれらの木々代表するものの一つとされています。

我国原産の椿は古くから聖樹として大切にされ、品種改良を重ねた結果、積雪地帯でも
育つユキツバキが生まれ、今や北海道を除く全国各地で見られるようになりました。
なお、「椿」の歴史については「万葉集その四十六 つらつら椿から椿姫へ」(植物)を
ご参照下さい。

「 奥山の八つ峰(を)の椿 つばらかに
   今日は暮らさね ますらをの伴(とも) 」 巻19-4152 大伴家持


( 奥山のあちらこちらの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに(ゆったりと)
 今日一日をお過ごし下さい。 お集まりの皆さん )

越中国守の館で催された宴での主人(作者)の挨拶。
射水川(現小矢部川)の流れを取り込み、さらに二上山東麓の河岸段丘の上に
位置していた館(犬養孝 万葉の旅) から眺める椿の群生、さらには櫻も同時に
開花していたと思われ、さぞ見事な景色であったことでしょう。

「つばき」「つばらかに」と同音韻律が美しく響く一首です。

「 我が門(かど)の片山椿 まこと汝(な)れ
    我が手触れなな 地に落ちもかも 」 巻20-4418 物部広足 (防人)


( 我家の門口に咲いている片山椿。その美しい椿のようなお前さんよ。
俺が出征してしまうと留守の間に椿のように地に落ちてしまうかな? 
手を触れないで清純無垢のままにしておきたいのだが、どうしょう? )

片山椿とは山の傾斜地や平地の一方が盛り上がっているところに咲いている椿を
いいます。
作者は防人として武蔵国を出立するにあたり、思いを寄せている女性が
「自分が手を触れないうちに他人のものになってしまうのか?」と懸念し
「それならいっそのこと手を出そうか」と悩んでいます。

山の傾斜面は男の不安定な心情を、また、椿は萎れていない瑞々しさを保ったまま
ポトリと落ちるので、相手の女性の清純さをイメージしているような一首です。

椿は首が落ちることを連想させるため、庭木としては忌み嫌われましたがチリツバキは
花片がばらばらになって散るので桜同様武士にも愛され、庭にも多く植えられたようです。

特に突然変異によって生まれた「五色散り椿」は枝ごとに白い花や紅色、白地に紅の斑
等様々に咲き分け、花びらは八重、しかも深く裂けているので、満開をすぎると一枚ずつ
落ちてゆき、苔の上に散り敷かれたその美しさはまさに豪華絢爛たるものです。

速水御舟画伯の「名樹散椿」(めいじゅちりつばき:山種美術館蔵 重要文化財) は
その様子を見事に描かれた名作としてつとに知られております。

「 椿落ちて昨日の雨をこぼしけり」 蕪村
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by uqrx74fd | 2009-03-08 18:17 | 植物

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