万葉集その二百八(馬酔木は神と聖女の花)


「 みもろは人の守(も)る山 本辺(もとへ)は 馬酔木(あしび)花咲く
  末辺(すゑへ)は 椿 花咲く 
  うらぐはし山ぞ 泣く子守(も)る山 」      巻13-3222 作者未詳


( みもろの山は人が大切に守っている山。
麓の方では馬酔木の花が咲き、頂(いただき)のあたりで椿が花咲く。
心ひかれる美しい山よ。泣く子をいたわるようにして人々が守っている山。 )

「みもろ」とは「御室」または「御森」で神が降臨して籠る場所といわれ、
転じて丘のような盛り上がった場所をさすようになりました。

ここでは奈良県明日香橘寺近くの「ミハ」山と推定されています。( 諸説あり)
 
民謡風の愛すべき歌で、人々には聖なる山を大切に守ろうという意識がみられ、
また、馬酔木、椿は神の山の木と認識されていたことが伺われます。

「 この春も春日野の馬酔木の花ざかりをみて美しいものだとおもったが、それから
  二、三日後、室生川の崖の上にそれと同じ花が真っ白にさきみだれているのを
  おやと思って見上げて、このほうがよっぽど美しい気がした。
  大来(大伯:作者註)皇女の挽歌にある馬酔木はこれでなくてはと思った 」
                           (堀辰雄 : 大和路 信濃路より)


「 磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど
  見すべき君がありと云はなくに 」 巻2-166 大伯皇女(おおくのひめみこ)


作者は天武天皇の皇女。
伊勢神宮の斎王(さいおう)の任を解かれて都に戻る途中で詠んだ歌とされています。
斉王とは天皇の名代となって神に奉仕する未婚の内親王または女王をいい、
天皇一代の間に一人だけしか選ばれない神の霊を身につけた特別な女性と
されていました。

皇女には大津皇子という最愛の弟(天武天皇第三皇子)がおり、文献(懐風藻)によると
身体強健、容姿秀麗、文武両道に秀で、その将来を嘱望されていた人物で
あったようです。

686年、天武天皇が崩御されました。
後を継ぐべき草壁皇太子は病弱で凡庸な人物であったらしく、大津皇子次期天皇待望論
が出る中、何としても実子草壁を天皇にしたいと願う母親はのちの持統女帝でした。
( 大伯、大津姉弟の母太田皇女と持統は姉妹。つまり持統と大津は叔母、甥の関係 ) 

まだ忌中の15日目、何を思ったのか皇子は不用意にも密かに姉大伯が斉王と
なっている伊勢神宮に下りました。
当時、国家の守護神である伊勢神宮に勝手に参ることは固く禁じられており、重大な罪と
されても致し方がない行為で、持統側が失脚の機会をじっと狙っていた矢先のことです。
密告により捕らえられた皇子は謀反のかどで処刑され、僅か24年の生を終えました。

( 神霊をもつ馬酔木を手折って弟に見せ、その身の幸いを祈りたい。
 それなのにあの子はもうこの世にいないのです。
 ついこの間、元気な顔を見せたばかりなのにそんなこと信じられるでしょうか。 
 信じたくもない!
 でも、「彼はまだ生きているよ」と世間の人は誰一人言ってくれないの。  
 もはや諦めるしかないのでしょうか。あぁ-。 )

母親に早世され 肩を寄せ合うようにして生きてきた仲の良い姉と弟。
この挽歌は不遇な死をとげた弟への万感の想いが哀切極まりなく私達に
迫ってまいります。
皇女はその後14年間に亘り41歳で他界するまで弟が葬られた二上山を仰ぎ見ながら
冥福を祈り続けました。
斉王なるゆえに恋することも禁じられていた美しい乙女はその生涯のすべてを神と弟に
捧げたのです。

「 馬酔木はどこか犯し難い気品がある。それでいて手折ってみせたい
 いじらしい風情の花 」  ( 同 大和路、信濃路) 


堀辰雄はよほど大伯皇女と馬酔木に魅せられていたようです。
上の文章は「斎王の犯し難い気品」と「白い聖なる花」のイメージをを重ね合わせ、
さらに、「馬酔木を手折らめど」と皇女が詠ったのを受け、「手折ってみせたい」と
万葉の女性に対する憧れの気持を表現したものでしょうか。

「 友人の手紙から」
『 むかしむかし、あせびを庭に植える時、文学少女だった母が
「あしびはあせびとも言い、万葉花なのよ」と言って漢字を教えてくれたのを
思い出します。

漢字が面白いのと、明治の雑誌の名前を日本文学史の時間に習った事もあって
覚えており、母も懐かしかろうと思い、この家に持ってきたのですが、
君が紹介してくれる迄は、正直言って
「なんとも冴えない灌木だなあ、なんでこんな木を植えたのだろう」と思っていました。

よく見るとなるほど可憐な花ですねえ。「いじらしい」という言葉がぴったりな花です。
「犯しがたい気品」も良く見ると「なあるほど」と理解できます。

こういう一見目立たない花の良さを見つけ愛でるのも日本人心情の、否、宮廷文化の
特徴なのでしょうか。
風情を愛でる「わび・さび」の原点の一つかもしれませんね。 (Ⅰ.N君より) 』

                             
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by uqrx74fd | 2009-03-29 19:55 | 植物

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