万葉集その二百九(すみれの花咲く頃)

我国はスミレ王国といわれ、スミレ科に属する花は50種類前後もあるそうです。
(柳 宗民)
北は北海道から南は沖縄まで、野にも山にもに咲くその可憐な姿は古くから多くの
人々に愛されてきました。

万葉集でのスミレは四首。そのうち二首は「つほすみれ」という名で詠われています。

「つほすみれ」とは現在の「タチツボ(立坪)スミレ」とされ、「立」は花の盛りを過ぎると茎が
次第に立ち上がる、「坪」は「庭」の意で身近なところに咲くことに由来するそうです。

ハート形の可愛い葉をもち、薄紫色の花を咲かせます。

「 山吹の咲きたる野辺(のへ)の つほすみれ
    この春の雨に盛りなりけり 」  巻8-1444  高田女王(おほきみ)


( 山吹が咲いている野辺。 すみれも負けじと一面に咲いています。
 この春の雨に早く咲け、早く咲けと促されたのでしょうか )

作者は大伴旅人と親しかった高安王の娘。
春の雨、緑の野原、山吹の黄、すみれの紫、色彩感と情緒あふれる中にも
可憐な風情を感じさせる一首です。

「 芽花(つばな)抜く 浅芽が原の つほすみれ
     今盛りなり 我(あ)が恋ふらくは 」 
                巻8-1449 田村大嬢(おほいらつめ)


(  いつも芽花を抜いている浅芽が原では「つぼすみれ」がまっ盛り。
  あなたさまをお慕いしている私の気持も満開の花のようです。 )

芽花とは芽萱(チガヤ:イネ科のつばな)の若い花穂のことで食用と
されていました。
ここでは浅芽が原(奈良公園)に掛かる枕詞的な用法となっています。

作者は大伴坂上大嬢(家持の妻)の異母姉。妹を思う心を詠んだもので、
スミレの上品な薄紫色が姉妹の姿を象徴しているようです。

なお、現在「ツボスミレ」とよばれる「白地の花弁に薄紫色のすじ」をもつスミレが
ありますが、万葉集で詠われたものとは別種のものと考えられています。

「 箱根山 うすむらさきの つぼすみれ
     二入三入(ふたしほ みしほ) たれか染めけん 」 大江匡房(まさふさ)


(箱根山の薄紫色のツボスミレは、一体誰が染料に二度、三度と浸して染めたので
 あろうか?) 

万葉時代清音で読まれていた「ツホスミレ」は、平安時代から「ツボスミレ」と
濁音になりました。
ここでの「つぼすみれ」も「うすむらさき」とあるので「タチツボスミレ」と思われます。

「一入(ひとしお)」という名詞は染物を染液に一回浸すことですが、副詞として使われる
場合は「ひとしお身に沁みる」等と表現されています。

「 むらさきに菫の花はひらくなり
    人を思へば春はあけぼの 」     宮 柊二(しゅうじ)


「スミレ」は「菫」という字が当てられていますが、牧野富太郎博士は
「 昔から菫という字をスミレだとしているのはこのうえもない大間違いで菫は
なんらスミレと関係はない。

いくら中国の字典を引いてみても菫をスミレとする解説はいっこうにない。
昔の日本の学者が何に戸惑うたかこれをスミレだというのは、ばからしいことである。

それを昔から今日に至るまでのいっさいの日本人が古い一人の学者にそう瞞着
(まんちゃく:筆者註 だますこと) せられていたことはそのおめでたさ加減、
マーなんということだろう。

菫(きん)という植物は元来、圃(はたけ)に作る蔬菜(そさい)の名であって植物学上の
所属はカラカサバナ科(今ではセリ科)で、かのセロリがそれである。

今日ではこの和名をオランダミツバというからすなわち菫は確かにオランダミツバと
せねばならない」    (植物知識より要約抜粋) 

と声を大にしてその誤用を説いておられますが習慣とは恐ろしいもので未だに
広辞苑さえも訂正されておりません。

「 鉛筆で仰向けみたり壷菫 」     高濱虚子

             
 
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by uqrx74fd | 2009-04-05 09:19 | 植物

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