万葉集その百九十九(冬籠り春さりくれば)

木々や花々の芽が「時節にはまだ早いかなぁ」とはじらうように顔を出し、
軒の氷柱(つらら)から、一滴また一滴と落ちる雫。
 
吹く風にも心なしか温かさが感じられ、春はもう目の前です。
古代の人はこのような情景を「冬籠り春さり来れば」という美しい言葉で表現しました。

「 冬こもり春さりくれば 朝(あした)には白露置き 夕(ゆうへ)には霞たなびく
  風の吹く木末(こぬれ)が下(した)に 鶯鳴くも 」  巻13-3221 作者未詳


(  朝の太陽に映えて輝く白露、そして夕べには棚引く霞。
  風がそよと吹いては木々を揺らせ、梢の下で鳴く鶯。
 いよいよ待ちに待った春 ! )

「冬籠り(隠りとも書く)」は春に掛かる枕詞とされていますが、その奥には
「冬が隠れて見えなくなる」(winter is over) 、あるいは、原文が「冬木成」
(成は盛と同義)であるところから「冬の間 落葉していた木々が芽を出し、
盛んに茂るようになる」という意味が込められているようです。

「春さりくれば」の「さる」は「去る」ではなく「移動」「進行」を表わす言葉で、
「春がやってくると」。

 「 冬過ぎて 春来(きた)るらし朝日さす
    春日(かすが)の山に 霞たなびく 」 巻10-1844 作者未詳


( どうやら冬も終り春がきたらしいなぁ。 朝日に輝く春日山に霞がたなびいているよ)

古代の人々は霞が棚引く空に春の到来を感じ取っていました。
陰陽五行説によると東は春をさし、春日山も文字通り東の方向に位置しています。
暖かい朝日、春の山の名を持つ春日山、そして棚引く霞。春到来の喜びの歌です。

757年12月18日(太陽暦2月1日頃)、三形王(みかたのおほきみ:天武系か?)の
屋敷で宴会が催されました。
まず主人が「 雪が降る冬は今日限り、いよいよ明日から春到来」と詠い、次に続きます。

「 うち靡く春を近みか ぬばたまの
     今夜(こよひ)の月夜 霞たるらむ 」 巻20-4489

              甘南備伊香真人(かむなびの いかごのまひと:官人)


( 暦の上での春も真近に迫っているせいでしょうか。
今宵は霞が一面に広がり月空が薄ぼんやりとしていますね。
寒気も緩み春到来の兆しが感じられ、おめでたいことです。 )


「うち靡く」は辺りの景色が朦朧と霞に包まれるさまを表します。
朧月夜を愛でながら一献また一献と盃を傾けている優雅な万葉貴族の方々よ。

二月四日は立春

『 「立つ」というのは今までに存在しなかったもの - 
一般に神秘的なものが忽然と姿をあらわした言葉であり、
 竜を「タツ」というのも常に隠れているものが現れる意味だろうと推定される 』

                    ( 金田一春彦 ことばの歳時記 新潮文庫 )

   「 颯爽と歩いてみれば春近し 」    千原叡子
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 13:03 | 自然

<< 万葉集その二百(龍馬)    万葉集その百九十八(万葉翡翠2) >>