万葉集その百九十八(万葉翡翠2)

「 天橋(あまはし)も 長くもがも 高山も高くもがも
  月夜見(つくよみ)の 持てる越水(をちみず)
  い取り来て 君に奉(まつ)りて をち得てしかも 」 巻13-3245 作者未詳


( 天に上がる梯子も もっと長かったら良いのに。
 あの高い山も一層高かったらなぁ。
 そうすればそこに上り、月の神が持っている若変水(をちみず))を
 この手に取ってきて、君に奉り、若返りしてもらいたいのに。)

古代人は満ちては欠け、欠けては満つる月を見てその命が永遠のものであり、
そこには若返りの水、すなわち変若水(をちみず)が存在すると信じていました。

然しながら、月は余りにも遠くそれを得ることは不可能です。
そこで、身近に取得できる場所を各地に求め、その結果「養老の滝」や「お水取り」
などの数々の聖水伝説が生まれました。
この歌の「越水」( 原文表記 )もその一つと考えられています。

考古学者 森 浩一氏は

『 地域として「越」の国の水に霊力があることが示唆されており、そうなれば
  越水に長く浸っていたヒスイにもその霊力が凝縮されていたとみてよい。
  ヒスイの巨岩は川の中にあるが、それを割って玉の材料とすることは
  その硬さからみて困難であろう。

  大雨などでヒスイを含む岩石が流され、下流にゆくにしたがって長い年月の間に
  ボール状の小塊になる。さらに河口から流れでたピンポン玉くらいの小塊が
  海中に流れこみ、そのような標石が大風で新潟だけでなく西隣の富山の海岸に
  打ち上げられてきたものが良質の材料になったものと推定される 』  
                         ( 僕の古代史発掘 角川選書より要約抜粋 ) 
  と指摘されさらに

「 沼名川(ぬながわ)の底なる玉 求めて得し玉かも 拾ひて得し玉かも
  惜(あたら)しき君が 老ゆらく惜(を)しも 」   
                          巻13-3247 作者未詳


の歌について

『 岩波書店の「日本古典文学大系」の「万葉集」では「沼名川」の註に
「空想上の川」とあるがとんでもないことである。

これは僧契沖の「万葉代匠記」以来の伝統的な解釈だが姫川系のヒスイの原産地の
発見以前ならいたしかたない。

しかし原産地が確認されてからもこの考えが唱えられているのは学際的な目配りが
足りないからであろう。

今日では科学的な検査法の進歩もあって日本列島の各地の遺跡で出土する
ヒスイ製品はことごとく姫川ヒスイであることが確認された。
つまりヒスイの道は越の国から海の道あるいは陸の道によって日本列島各地に
もたらされていたのである 』 (同著より要約抜粋)  と述べられています。 


かくして二首の万葉歌は越の姫川産の翡翠は古代人にとって単に身を飾る装飾品だけ
ではなく、生命を守り、不老長寿をもたらしてくれる貴重な霊宝と信じられ、裕福な貴族や
各地の豪族達はそれを買い求めて身に付けると共に、大切な人の若返りと長寿を祈る
贈物としていたことを教えてくれているのです。

   「 瑠璃鶲 (るりひたき) 姫川白き波猛る 」 上埜是清

(  鶲 (ヒタキ):オオルリ。 
ウグイス、コマドリと共に日本三鳴鳥とされている )
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:59 | 心象

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