万葉集その百九十六(若菜摘み)

 「 (正月) 七日は 雪間の若菜 青やかに摘み出でつつ--」  (枕草子)

厳しい寒さに耐え、ようやく雪間から地面に萌え出てきた生命力旺盛な若菜。
古代の人たちはそれを摘み、煮て食べることにより、その生気が自分の身に浸透し、
厄災や万病を取り除いてくれるものと信じていました。

また長い間 野外で遊ぶことが出来なかった人達にとっての若菜摘みは待望の
行楽でもあり、その日の到来をわくわくしながら待ちかねていたことでしょう。

「 明日よりは春菜(はるな)摘まむと標(し)めし野に 
  昨日も今日も雪は降リつつ 」   8-1427   山部赤人


( 明日から若菜を摘もうと野原に「標(し)め縄」を張り巡らせて楽しみにしていたのに。
  昨日も今日も雪ばかり。) 
      
標め縄: 自分の領分を示す縄   
春菜;わかな、はるな両方の訓みあり

「春はもう、そこまで来ているはずなのになぁ」と作者のため息が聞こえてくるようです。

『 行きつ戻りつしながらも、いつかは本格的な春の訪れがあるだろう。
「明日よりは」という歌い起こしは、下句の落胆と呼応しながらも、
やがて来る春への期待を強く籠めるものともなっている 』
                        (内藤 明:人と作品、高市黒人、山部赤人) 

「春日野の 飛ぶ火の野守 出(いで)て見よ
    今 幾日(いくか)ありて 若菜摘みてむ 」  古今和歌集 読み人しらず


( 春日野の飛火野の番人よ、あと何日経ったら若菜が摘めるようになるか
ちょっと外に出て野原の様子をみてきてくれないか? )

「春日野の飛ぶ火」とは712年に緊急連絡のために置かれた軍事用の
「狼煙台(のろしだい)」のことですが、ここでは野守(番人)に「外敵の侵入番」ではなく
「若菜の生育の番をしなさい」と戯れています。

「 春日野に 煙立つ見ゆ 娘子(をとめ)らし
    春野のうはぎ摘みて煮らしも 」 巻10-1879 作者未詳


( 春日野の方に煙が立っているのが見える。
あれはきっと娘さんたちが嫁菜(ヨメナ)を摘んで煮ているのだろうよ )

うはぎ(ヨメナ)とは菊科の植物で晩夏に薄紫色の野菊のような花を咲かせます。
その若芽を食べると肌が艶々になるといわれ、女性には特に好まれたようです。

春日野は現在の奈良公園飛火野一帯。
緑の野原、焚き火の赤い炎、細く長く立つ白い煙、色とりどりの衣裳をまとい、
楽しそうにおしゃべりをしながら若菜を摘んだり煮たりしている大勢の美しい乙女たち。
作者は遠くに見える白い煙から仙境のような絵画的な場面を思い描いたのでしょうか。

古代から民間の行事であった若菜摘みは次第に儀礼化され、平安時代の
醍醐天皇延喜年間(901~914)には、正月最初の子の日(のち七日)に天皇に
若菜を奉る公式行事となりました。

羹(あつもの:汁物)として食べられていた若菜は、その後、七種粥(ななくさがゆ)として
その心意が伝えられ、今もなお新春七日の行事として脈々と受け継がれております。

  「 七種や今を昔の粥の味 」  太田鴻村
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:56 | 生活

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