万葉集その百八十八(秋の夜長)

「 にせものと きまりし壷の夜長かな 」  木下夕爾

秋の日足はまるで釣瓶(つるべ)落しのようです。

照明といっても松明、油火、蜜蝋燭(蜂蜜の蝋から作られた唐物、国産の蝋燭は室町時代
から)などしかない時代、上流階級はいざ知らず高価な灯油など買えない庶民、農民達は
家業を終え次第、早々と床に就くのが習いだったようです。

秋の夜長と申しても人様々、愛を交わす男女にとっての夜は短く、恋に悩み、独り寝を
かこつ者は人様以上に長い夜であったことでしょう。

「 秋の夜を長しと言えど積もりにし
    恋を尽くせば短くありけり 」  巻10-2303 作者未詳


( 秋の夜は長いものだと人は言うけれども、待ちに待ったあの娘との共寝。
  夢中で愛し合っているうちに あっという間に夜が明けてしまったよ )

「そうでしょう。そうでしょうよ」と言いたくなるような満ち足りた人の感慨です。
「恋を尽くせば」とは 美しくも優雅な万葉人の言葉!
 
「 あしひきの山鳥の尾のしだり尾の
   長々し夜を ひとりかも寝む 」     作者未詳 


(巻11-2802歌のあとに“或本の歌に曰く”として記されている歌)

百人一首に採用されている有名な歌ですが、作者未詳歌にもかかわらず柿本人丸の作と
されています。人丸は正しくは人麻呂と書かれるべきですが平安時代は人丸とされ
ヒトマルと訓まれていました。

山鳥は本邦の特産種で、昼の間は雌雄一緒に過ごし、夜になると隔てた所で寝る習性が
あると当時の人達に理解されていたようです。

そのことから「独り寝の寂しさ」を形容する鳥として詠われ、また雄鳥の尾羽の内二枚が
極めて長いところから「しだり尾(下垂り尾)」といい、長夜を引き出す言葉として
使われています。

「人待つ宵の切なさと、永遠につづく心の暗(やみ)と、あえていうなら人生の孤独と
退屈さを表現している歌(白州正子:わたしの百人一首)とされ、その流暢な声調と
技巧をつくした序詞が優雅さを重んじる平安人に好まれたのでしょう。

「 櫻咲く遠山鳥のしだリ尾の
      ながながし日もあかぬ色かな 」 後鳥羽上皇 (新古今和歌集)


この歌は上皇の歌の師である藤原俊成90歳生誕を祝って詠われたものです。
 「“花咲く遠山の景色は長い春の日も終日見飽きない”と俊成の長寿を寿ぎ
歌聖といわれた人麻呂の歌を本歌とりすることにより俊成を人麻呂になぞらえ
たたえた 」 (大岡 信: 名句歌ごよみ 要約抜粋) とされています。

後世、この歌聖とされた人麻呂に蜀山人は一大痛撃を加えます。まさに反骨の一首。

「 あしひきの 山鳥の尾のしたりがほ
   人丸ばかり歌よみでなし 」  蜀山人 (江戸後期の狂歌師 別名 四方赤良)

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:48 | 生活

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