万葉集その百八十五(葦)

『 「あしの花は見どころとてもなく」 と清少納言は書きぬ。
しかし其の見どころなきを余は却って愛するなり 』  (徳富蘆花:自然と人生)


古代、わが国ではアシが豊かに生え、イネがみずみずしく実るところから
「豊葦原瑞穂国」(とよあしはらみずほのくに) とよばれていました。

水辺一帯に群生する葦は9月から10月にかけて一斉に花穂を出し、陽光に輝く
銀白色の穂が風に吹かれて靡く様はまさに壮観で神秘的ですらあります。

「 花ぐはし 葦垣越しにただ一目
    相見し子ゆゑ 千(ち)たび嘆きつ 」 巻11-2565 作者未詳


( 美しい葦の垣根越しに見たあの可愛い乙女に一目惚れしてしまったようだ。
 御蔭で何度も何度もため息ばかりついているよ )

「くはし」は優れているの意で葦垣が美しいと共に娘も美しいことを暗示しています。

「 難波人 葦火焚く屋の 煤(す)してあれど
    おのが妻こそ 常めずらしき 」 巻11-2651 作者未詳


( 難波人が葦火を焚く部屋のように煤けて古びているけれども、この俺の妻は
 いつもいつも可愛くて一番だよ )

その昔、水の都難波は葦が生い茂っていることで有名でした。
燃料として用いた葦は火力が弱いので煙って家中煤だらけだったことでしょう。

「顔も手も煤で黒くなり若い頃の初々しさはないがそれでも慣れ親しんだ
我家の女房殿は世界一」と貧しいながらも明るく生きている庶民の生活を
彷彿させる微笑ましい一首です。

葦は燃料の他、屋根、垣根、船、衣類、寝具、簾、葭簀(よしず)、簀(すのこ)
葦笛などの楽器、矢、製紙、、利尿剤など実に用途が広く「豊葦原瑞穂」と
葦と稲が同列に並べられているのも尤もなことと思われます。

「 大船に 葦荷刈り積み しみみにも
   妹は心に乗りにけるかも 」 巻11-2748 作者未詳


( 大きな船に刈り取った葦を荷として積み込みびっしりと隙間がないように
 あの子は私の心中を隅々まで占めてしまったよ 」

この歌は葦を大船に積んで産地から需要地に運んでいることを示すもので
葦が国民生活に密接に結びついている様子を伝えてくれています。

「しみみ」は「しみしみ」(繁茂)を縮めたもので「一杯ある」「たくさん」

アシはその生長の過程から初生のものを葭(カ)、生成過程にあるものを蘆(ロ)、
長成したものは葦(イ) と区別され、また、「アシ」は「悪し」に通ずるためか
学問上の呼称は「ヨシ」(葦)となっております。

「 月はかなり西に移ってい、空には雲の動きも見えた。
岸の草むらでは虫のなく声がしきりに聞こえ、微風が葦をそよがせると
葉末から露がこぼれ、空気がさわやかな匂いに満たされた。」

( 山本周五郎: 青べか物語 所収 芦の中の一夜より)

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:45 | 植物

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