万葉集その百八十三(粟:あは)


「粟は穀物の中でも最もすぐれたもので長期に保存しても
腐敗しないので力をつくして耕作させよ 」 
              ( 715年 元正天皇詔:続日本紀)


粟の原産地は東アジアとされ中国を経て我国に渡来したといわれております。
縄文時代には既に主食穀物として栽培されていたと推定され、古代国家成立後、
稲を主食とする時代になってからも各朝廷は飢饉に備えて粟の栽培を
奨励しました。

「 足柄の箱根の山に粟蒔きて
     実とはなれるを粟なくもあやし 」巻14-3364 作者未詳


( 箱根の山に粟を蒔いてようやく実がなり収穫の時を迎えました。
 ところが俺が想っているあの娘ときたら逢わない(粟ない)というのだから
 おかしな事だなぁ。一体どうなっているのだろう。 )

いくら頑張っても逢ってくれない相手。
片思いにも拘らず、からっとした明るさが感じられ、「粟なく」「逢わなく」と
言葉遊びをしながら歌った民謡とも思われます。

「 左奈都良(さなつら)の岡の粟蒔き愛(かな)しきが
    駒は食(た)ぐとも 我(わ)はそとも追(は)じ 」
                         巻14-3451 作者未詳


( ふさふさと実る粟を楽しみに左奈都良の岡に種を蒔いています。
 でもその粟があのお方の馬に食べられようともかまいませんわ。
 いとしいお方の馬ですもの。決して追い払ったりはしません )

左奈都良:常陸説など諸説あるが未詳   そとも追じ:「そ」は馬を追う声

可愛い娘が憧れの人を想いながら粟の種蒔きをしている場面です。
房々とした実がなる時節を思い描いているところから恋の成就と豊作を
祈ったのでしょうか。

日本書記によると当時の五穀は「粟、稗、稲、麦、豆」とされていましたが
庶民の主食は「麦、粟、黍(キビ)、稗、蕎麦 」であったようです。

蕎麦も古くから栽培されており、722年、元正天皇詔に
「全国の国司に命じて人民に勧め割り当てて、晩稲(おくて) そば、大麦、
小麦を植えさせその収穫を蓄え、おさめて凶年に備えさせよ」とあります。

宮本常一氏は平城宮から出土した木簡(租税の荷札)に
「波奈作久」(はなさく)とあり、
『 この「ハナサク」がソバであろう。ソバの古名はソバムギだと図鑑は
記しているが別名ハナサクといっていたのではないか 』 と
述べておられます。 ( 日本文化の形成 講談社学術文庫 )  

いずれにしても万葉集に蕎麦の歌が一首もないのは残念なことです。

因みに世界最古の麺は中国青海省 喇家(らつか)遺跡で出土した
「アワ(粟)で作った麺」で今から4000年前のものとされております。

「 鳴子きれて粟の穂垂るるみのりかな」 正岡子規  
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:43 | 植物

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