万葉集その百七十四(夏影)

「 大きな木 大きな木蔭 夏休み 」 宇多喜代子

灼熱の太陽の下、拭ってもぬぐっても溢れ出る汗。
ふと向こうを見やると鬱蒼とした木蔭。
旅人にとってはまさにオアシスです。

この恵みの木蔭を万葉人は「夏影」「木(こ)の暗(くれ)」とよんでいました。

「 夏影の 妻屋の下に 衣(きぬ)裁(た)つ我妹(わぎも)
    うら設(ま)けて 我(あ)がため裁たば やや大(おほ)に裁て 」

             巻7-1278 柿本人麻呂歌集


( 涼しい木蔭の妻屋の下で布地を裁っている娘さん!
  この私のためという心づもりならもう少し大きいめに裁っておいて
 くれないかなぁ)

「妻屋」とは母屋の脇に建てた別棟の家をいいます。
新妻らしい女性が一心不乱に夫のために衣を作ろうと布を裁断してしています。

 そこに男が通りかかりました。恐らく知り合いで夫より大男なのでしょう。
「娘さん俺の為に衣を作ってくれるならもっと大きく裁たなきゃだめだよ」と
冷やかした一首です。 

涼しげな様子を伝える「夏影」という万葉集中唯一の言葉。
五七七 五七七調は旋頭歌といいます。

「 片岡のこの向つ峰に椎(しい)蒔かば
       今年の夏の蔭にならむか 」 
                巻7-1099 作者未詳


( 片岡(奈良県王子町近辺)のこの向かいの高みに椎を植えたら
  今年の夏には日蔭が出来るだろうか?)

「 暑い! 木蔭が欲しい。
木の実を蒔いたらすぐ成長して木蔭を作ってくれるかなぁ」と
願った歌のようですが恋の成就を願った歌との説も。

ここでの「夏の蔭」も鬱蒼とした木蔭がイメージされています。

「 天の原 富士の柴山 木(こ)の暗(くれ)の
          時ゆつりなば逢はずかもあらむ 」 
               巻14-3355 作者未詳


( ここ富士山麓は木々が生い茂り、鬱蒼として暗いばかり。
 お互いに「この季節この時間に会おう」と約束し、長い間待っているのに
とうとう日が暮れてしまったよ。 もう二度と会えないのだろうかなぁ ) 

待てども待てども女は約束の時間に現れず、諦めかかっている男。
「木の暗(このくれ)」「この暮れ」と掛けた言葉に男の絶望感が漂っています。

平安時代になると「木の暗」は「木下闇(このしたやみ)」に変わり現在でも
使われている言葉となりました。

「 須磨寺や吹(ふか)ぬ笛きく木下闇(こしたやみ) 」 芭蕉

「吹かぬ笛」とは寺が収蔵する平敦盛遺愛の「青葉の笛」。
芭蕉は鬱蒼とした木蔭で幻想にふけっていたようです。
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 12:34 | 自然

<< 万葉集その百七十五(桃)    万葉集その百七十三(古代の船) >>