万葉集その百七十二(夏山)

「夏山のいただき 
白く連なる甲斐が根よ
そよ
我が心の故郷(ふるさと) 」  三木露風 (甲斐が根 より)


「夏山」は「青嶺(あおね)」「夏山路」ともいわれ、万緑滴(したた)るような
山姿をいうことが多いかたわら、灼熱の下での険しい岩路や
雪渓を引いている様子を表現する時にも使われています。

次の歌は万葉集中「夏山」という言葉を使った唯一のものです。

「 夏山の木末(こぬれ)の茂(しげ)に ほととぎす
   鳴き響(とよ)むなる 声の遥けさ 」  
                 巻8-1494 大伴家持


( 夏山の鬱蒼と茂った木の梢あたりでホトトギスがしきりに鳴いています。
  なんと遥か彼方から響き渡ってくることか )

夏山をゆっくりと歩いている。
突然、静寂(しじま)を破って鳴き渡るホトトギスの声。
大自然の中、ゆったりとした心持で鳥の鳴き声に耳を傾けている作者です。

「 岩が根のこごしき山を越えかねて
    音(ね)には泣くとも色に出(いで)めやも 」 


巻3-301 長屋王(ながやのおほきみ:天武天皇の孫、左大臣)

( 岩のごつごつした山、そんな険しい山を越える辛さに、つい声を出して
  悲鳴をあげることはあっても、あの子を思っていることなど
  人前でそぶりに出したりはすまいよ )

かっと照りつける日差しの下での辛い岩登り。
それでも他人には弱音を吐きたくないものです。
古代の山越えは道なき道を行くようなもので高貴な貴族にとっては
殊更苦しい旅であったことでしょう。

恋に悩んでいる歌のようですが、政治的に苦しい立場に追い込まれていた作者は
自らの苦難に強く立ち向かおうと決心しているようにも思われます。

漢詩文に造詣が深かった長屋王は奈良文壇とも言うべき文人の集まりを主唱しますが
後に藤原氏の陰謀により叛逆の罪を負わされ自刃に追い込まれた悲劇の主人公です。

「 岩畳 畏(かしこ)き山と知りつつも
   我(あれ)は恋ふるか 並(なみ)にあらなくに 」 
                        巻7-1331 作者未詳


( 岩山の重なる恐ろしい山と知りながら何とまぁ私はこの山に心を引かれてしまうのだ。
 一通りの山ではないのだが )

「分っちゃいるけれど止められない」
危険だとは知りつつもチャレンジしたくなるのが山男。
恋の世界も同じこと、相手が雲の上の女性と知りつつも「当たって砕けろ」です。

「 天城嶺は夏の山かも 燗(たに)越して
    水乞鳥(みずこひどり)も 朱に直飛ぶ 」 穂積 忠


水乞鳥とはアカショウビン。
緑の山間に赤い直線を引くように飛ぶ鳥。鮮やかな色彩の対比です。

天城山は古くは狩野山とよばれ温暖にして雨が多く森林の生育がよいので
江戸時代は御料地とされていました。
松、杉、桧、樅、栂、欅、桜を天城七木というそうです。

「 夏山の水際立ちし姿かな 」  高浜虚子
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 12:32 | 自然

<< 万葉集その百七十三(古代の船)    万葉集その百七十一(山清水) >>