万葉集その百七十一(山清水)


灼熱の日差しの中、ふと向こうを見やると岩間から湧き流れている清冽な水。
思わず駆け寄って手を付けるとしびれるように冷たく、口に含むと歯に
しみいるようです。

「 命幸く久しくよけむ 石(いは)走る
     垂水の水をむすびて飲みつ 」   
                     巻7-1142 作者未詳


( 「わが命よ健やかで幸あれ」と念じながら岩間を勢いよく流れる清水を
  両手ですくって飲んだことです )

のどの渇きを癒し、生き返った心地の作者。
「むすぶ」という言葉には旅の安全を祈念する心が込められているようです。
「よけむ」は「吉(よ)けむ」。 
垂水は地名説(兵庫県)もありますがここでは瀧と解します。

「 山吹の立ちよそひたる山清水
      汲みに行かめど道の知らなく 」 
             巻2-158 高市皇子(たけちのみこ)


678年宮中で十市皇女(天智天皇と額田王の娘)が急逝しました。
作者の高市皇子は天武天皇の子で十市とは異母弟の間ながら
禁断の秘密の恋が生まれていたようです。

悲報を聞いた高市ははらはらと涙を流し目を閉じて今は亡き十市の
美しい姿を思い浮かべます。

幻想のように浮かんだ十市の面影。その脇には清冽な山清水が流れ、
咲き乱れる山吹の花の間から十市が微笑みながら手招きしてしています。

「 そうだ!山吹には生命復活をさせるという伝説があったのだ。
その花の上から露が滴り落ちた清水もまた生命の水。
姉君にその水を汲んで差し上げたい! 
だが、残念ながらそこへ行く道がわからない。どうしたらよいのだ。 」
                 (土居光知氏の解釈をもとに意訳)

この歌は従来、山吹の「黄」、山清水を「泉」として「黄泉をたずねたい」とされて
きましたが、土居光知氏はこの解釈は間違いであるとされ、
下記のような壮大かつロマンティックな学説を発表され大きな反響をよびました。

「 古代シュメールの“ギルガメシュ”に見える伝説 ― 
西方に生命の泉がある。そして、そのほとりに復活の花であり、
太陽を象徴する金色の菊科の花が咲いている― 。

これらの花は西域などの織物などに図様としてシルクロードを通って極東に
もたらされたが当時日本ではまだ菊が伝わっていなかったので
山吹が菊にとって代られたのではあるまいか 」 
                          (「古代伝説と文学」より要約抜粋)

註: 「ギルガメシュ」 メソポタミア神話の英雄。その遍歴の叙情詩は
    シュメール語で伝えられている。

「 緑わく夏山蔭の泉かな 」  蓼太 (江戸中期の俳人)
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:31 | 自然

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