万葉集その二百十(結ぶ)

日本人は古代から「結ぶ」という言葉に特別な思いを抱いているようです。
縁を結ぶ、夫婦の契りを結ぶ、御神籤を結ぶ、紐を結ぶ、苔むす、
印を結ぶ、など数え上げればきりがありません。

では「結ぶ」とはどういう意味をもつのでしょうか?

『 それは生命の誕生にかかわる言葉である。
「むす」は「生(ム)す」、「産(ム)す」で生まれる、発生するという意味を持つ。


従って男と女が結ばれて生まれた男は「むす+こ」女は「むす+め」』
なのだそうです。
           (中西進「日本語のふしぎ」より要約)

万葉集では草の根や松の枝を結ぶという用例もありますが「紐を結ぶ」という
表現が特に多くみられます。

「 ふたりして 結びし紐を ひとりして
    我(あ)れは解きみじ 直(ただ)に逢ふまでは 」 
                        巻12-2919 作者未詳


( あの子と二人で結び合った着物の紐。
  再会するまでは決して一人で解いたりはすまいぞ。その紐を。)

紐とは下紐とされ、上下の下ではなく内側、つまり肌着の紐のことです。
前結びの紐、リボン状のもの、腰紐のようなものなど諸説ありますが、
日常生活の不便さを考えますとリボンのような簡単なものではないでしょうか?
「解きみじ」の「みじ」は「見じ」で「かりそめにも解いてみたりはしない」の意です。

古代、男女が旅などで別れ別れになる時、下紐をお互いに結び合わせ、
再会した時に解き交わすという習俗がありました。
お互いの魂を紐に結びこめて不変の愛情を誓い、一人で勝手に解くのは
他の相手と関係することを意味していたのです。

「 筑紫なる にほふ子ゆゑに 陸奥(みちのく)の
   かとり娘子(をとめ)の 結(ゆ)ひし紐解く 」 
                     巻14-3427 作者未詳


( 筑紫の美しい女のお蔭で故郷かとりに住む恋人が結んでくれた紐を
とうとうおれは解いてしまったよ )

防人に派遣された陸奥男の歌。
「かとり娘子」の「かとり」は陸奥のどこかを指しますが所在は不明です。
当時防人の任期は3年。故郷から遠く離れている男は寂しさを紛らわすため
ついつい魅力ある筑紫女に心を奪われ禁を破ってしまったのでしょう。

男の偽りのない心情を吐露した一首ですが、防人の中には任期が終わっても
故郷に帰らない、あるいは路銀がなくて帰れないものも多くいたようです。

なおこの歌は筑紫から陸奥にきた人が広めた女性の労働歌(伊藤博)と
いう説もありますが通説に従いました。

では、「紐(ひも)」は何故それほど大切なものとされていたのでしょうか?

『 「ひも」の「ヒ」は「霊」(ヒ)で超自然的な霊威力を表す言葉。

「モ」は赤裳、麻裳、裳裾など衣服の「裳」であるが、男女の衣服に
分化する以前の最も原始的な裳であろう。

さらに身体の「身(ミ)」が「モ」に意味変化したものと考えられる。

従って「ヒモ」は「霊裳」であり
「霊魂の宿る身体を包む裳」というのが原義』であるとされています。

( 吉田金彦 : 万葉語源より要約抜粋) 

かくして「紐を結ぶ」という行為は「御神籤を神木に結ぶ」、
「慶弔の袋を紐(水引)で結ぶ」、「組み紐」、さらには
「印刷された贈答用の水引き付熨斗紙で包む」等、形を変えながらも
古代から今日まで延々と受け継がれている
「幸いの永遠を心を込めて祈るもの」であるといえましょう。

「 - -あぁ この二人よ
      かくも結ばれ かくも交遊す
      楽しきかな  奇(く)しきかな -」
             ( 坂村真民 交遊唱和より一部抜粋)
    
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by uqrx74fd | 2009-04-13 06:29 | 生活

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