万葉集その百六十九(ぬばたま)

「 ぬば玉の 閨(ねや)かいまみぬ 嫁が君」    (芝 不器男)

「ぬばたま」とは「ひおうぎ(檜扇)」という植物が花後につける種子のこととされています。
艶やかな光沢を持つ大きな黒玉で古代では黒真珠のような玉のことを「ぬばたま」と
よんでいたようですが次第に植物の方の黒い種を指すようになった(澤潟久孝)とも
言われ、夜、月、夢、黒髪、黒馬などに掛かる枕詞として多用されております。

「 ぬばたまの 夜さり来れば巻向の
      川音高しも 嵐かも疾(と)き 」 
                巻7-1101 柿本人麻呂歌集



( 夜になり巻向川の川音が高くなってきました。どうやら嵐がきたらしいなぁ)

疾風迅雷を感じさせるような歌です。
嵐の激しさと共に川の流れが次第に強くなり、風と波の轟々と入り混じった音が今にも
聞こえてきそうな迫力があります。

さらに、「ぬばたま」という言葉が漆黒の闇を導き恐怖感をも抱かせる非凡の一首です。

「 ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく
    照れる月夜(つくよ)の見れば悲しさ 」 
                      巻6-982大伴坂上郎女


作者は従兄弟の安倍虫麻呂と語りあっています。虫麻呂が
「 夜も更けてきたのに月がなかなか出てくれませんね。
  雨が降りそうなのかな?」   と詠ったところ郎女が

「ほらほら、ようやくお月さんが出てまいりましたわ。
でも霧が深いのでおぼろに見えますね。
こんな夜は何となく物悲しくなりますわ」 と優雅に応えたものです。

おほほしく:物がはっきりしないさま

「 ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく
     朝ゆく君を待たば苦しも 」 
          巻11-2389 柿本人麻呂歌集


 ( 時間よ止まれ! 夜が明けたらあの方が帰ってしまうのですよ。
  またおいでになるまで待つのは辛いんですもの ) 

「赤らひく」は「明るく輝く」

共寝をしながらも別れた後の辛さを詠う女心。
通い婚の当時は男が次に何時来るという約束をしても確実かどうか
わからないだけに切なさもまた募ります。


「ひおうぎ」は本来「檜の薄板で作った儀礼用の扇」のことですが
植物のひおうぎの葉が互生している様子が扇のように見えるところから
その名がつけられました。
夏には暗紅色の斑点をもつ美しい黄赤色の花を咲かせ、
「射千」(漢語)とも書かれます。

「 射千(ひおうぎ)の花のふふまる頃となり
          山ほととぎす いまだきこえず 」  斉藤茂吉 

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:29 | 植物

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