万葉集その百六十七(花橘)


その昔、垂仁天皇が田道間守(たじ まもり)を常世の国に遣わし不老長寿の
霊薬を求めさせました。 その霊薬とは「 非時の香菓 (ときじく の かくのみ) 」                        
とよばれる橘であったと伝えられております。(記紀) 
「ときじく の かくのみ」とは 「 季節に関係なくいつも瑞々しさを保っている
香りが高い木の実」 という意味です。
「たちばな」は「(神が)立つ花」即ち、神霊が現れる花 (中西進監修:花の万葉秀歌)
ともいわれ、初夏には五弁の白い花を咲かせ、芳しい香りを漂わせます。                              

「 望(もち)ぐたち 清き月夜に 我妹子(わぎもこ)に
       見せむと思ひし宿の橘 」    
               巻8-1508 大伴家持


( 満月は過ぎましたが清らかな月夜ですね。
これはあなたに見せたいと思って手折った我家の橘の花ですよ。 )

この歌は作者が婚約者の坂上大嬢に贈ったものです。
この歌の前に長歌があり「こぼれるように見事に咲いた花を二人して
見たかったのに、心ないホトホギスがきて
花を散らすものだからやむなく手折った 」 と残念がっております。

 「望ぐたち」の原文は「望降」 「望」満月の日 「くたち」 盛りを過ぎる

「 橘の下吹く風のかぐはしき
          筑波の山を 恋ひずあらめかも 」  
              巻20-4371 占部広方(防人)


( 橘の木陰を吹き抜ける風が芳しい香りを運んでくれています。
あぁ、懐かしい筑波の山。そしてあの人。)
 
当時、筑波山には橘が多く繁茂していたようです。
遠く離れた九州の防人に風が運んでくれた故郷の香り。そして望郷の念。

「 風に散る花橘を袖に受けて
    君がみ跡を偲ひつるかも 」 巻10-1966 作者未詳


( 風に吹かれて橘の花がわが袖にこぼれ散ってきました。
  もうお会いできないあのお方、今頃はどうされているのでしょうか。
  懐かしいあの日)

かって通ってきてくれた人が疎遠になったか、あるいは亡くなったか分りませんが、
二人して眺めた思い出の橘の木の下に佇む女性。そしてその上に花びらが
はらはらと散りかかる幻想的な一首です。

平安時代になると、紫宸殿の前庭に左近の桜、右近の橘と並べて植えられ、
以来、橘は格別の品格を持つ花とされるようになります。


 「 さつき待つ花橘の香をかげば
    むかしの人の袖の香ぞする 」      
                  古今和歌集 読み人知らず 


「 むかしの人とは昔恋を語り合った異性であり、高貴な雲の上の人で二度と
会えない人である。

そのように思わせるのが花橘という花の持つ品格とでもいうべきものだろう。
純白の清純なその花の色もさることながら、むしろそれはひとえに高く芳しい
その独特の花の香にあった。

この歌の影響は大きくその後の花橘の歌は甘美な恋の追想の歌として
詠まれるようになった 」    
               ( 山本健吉:ことばの四季より要約抜粋)

「 駿河路や花橘も茶の匂ひ 」  芭蕉   
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:27 | 植物

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