万葉集その百六十六(絵を描く万葉人&フェルメールとモネ)


 「 我が妻も絵に描き取らむ 暇(いつま)もが
   旅行く我(あ)れは 見つつ偲はむ 」
              巻20-4327 物部古麻呂


( 我が妻をせめて絵に描き取る暇があったらなぁ。
  これから長い旅をする俺はそれを時々見ながら妻を偲ぶことが出来るのに )

この歌は遠江の農民が防人として任地に旅立つ時の歌です。
役人にせかされて慌てて出発せざるを得なくなり、
妻の肖像画を描くことが出来ず残念だと嘆いております。

万葉集中「絵」(原文では画)という言葉が出てくる唯一の歌ですが、
今から1300年前に一介の農民が日常的に絵を描いていたことを
想像させるもので驚きを禁じえません。
都の貴族達もその教養の高さには瞠目したことでしょう。

時代は変わって2008年1月7日。 
日経新聞文化欄で万葉集と著名な絵画を重ねて鑑賞するという
試みがなされていました。
ミロの「月に吠える犬」、マネの「さくらんぼを持つ少年」、片岡球子の「富士」
等のイメージに近い万葉歌を選んで解説するというものです。

(万葉のこころ十選 佐々木幸綱)

 「燈火(ともしび)の影にかがよふ うつせみの
     妹が笑(ゑ)まひし 面影に見ゆ 」
          巻11-2642 柿本人麻呂歌集


( ともしびの光にゆれて輝くあの娘の生き生きした笑顔が
  私の目の前に浮かんできます。我が美しい恋人よ! ) 

 かがよふ:ちらちら揺れて輝く

フェルメールの「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」という
有名な絵があります。
暗い布地の背景からあどけない表情でこちらを見つめる少女。
白いハイライトを僅かに残した真珠の耳飾り。
頭につけた異国風のターバンの青と黄色の鮮やかな対比。
「 胸の上からクローズアップした“青いターバンの少女”から私は
  万葉集のこの歌を連想する。燈火に照らされる女性の笑顔。

万葉集では珍しく顔をクローズアップした歌である 」(佐々木幸綱)



 「 采女の袖吹きかへす明日香風
          都を遠み いたずらに吹く 」 
                     巻1-51 志貴皇子


采女とは天皇に近侍する女性で容姿端麗のものが全国から選ばれていました。
この歌は明日香から藤原宮に都が移ったのち作者が往年の華やかな采女の姿を
回想したものです。

オルセー美術館に「日傘をさす女」という絵があります。
「彼にはおそらく亡くなった最初の妻の面影が甦ったのではなかろうか。
 ドレスと風の動きは風のそよぎを表現し人の歩みは背景の雲の動きに
 呼応する」
( オルセー美術館解説より )

私はこのモネの絵を見るたびに爽やかな風が吹く明日香の甘橿の丘で
スカーフとドレスを翻しながら遠くを見つめている采女の姿を
思い浮かべるのです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:26 | 生活

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