万葉集その百六十五(山彦、こだま、ホトトギス)


 「 駒ちゃん これを跨いじゃいけないわ!
   澄み上って悲しいほどに美しい声だった。
   どこからか木霊が返ってきそうだった 」      
                     川端康成 (雪国より)


古代の人たちは山や谷から反響する声や物音を山彦とよび、
それは樹木に宿る精霊、即ち木霊(こだま)の仕業であると考えていました。

「山彦」は「木霊」を男の神様に擬人化したものと言われております。

 「わがごとく さけに酔(よう)らし おとたてて
   うてば打手(うって)を まぬる山びこ 」 大隈言道
 

 さぁ、いよいよ山の季節。万葉人も楽しげに歌います。

 「春すぎて夏来向へばあしひきの 山呼び響(とよ)め
  さ夜中に鳴くほととぎす
  初声を聞けばなつかし - - 」
                 
       巻19-4180(長歌の一部) 大伴家持


( 春が過ぎて夏がやってくると、山を響かせて真夜中に鳴くホトトギス。
  その初声を聞くとやたらに心がうきうきします- )

 「 筑波嶺に我が行けりせば ほととぎす
       山彦響め 鳴かましやそれ 」 
                巻8-1497 高橋虫麻呂


( もし私が筑波山に登って行ったらホトトギスが山をこだますほどに
   鳴いてくれたでしょうか? 羨ましいことですねぇ )

筑波山に登った人が「先日山へ登ったら山をこだまさせるほどにホトトギスが
見事に鳴きました。山彦は鳥の声も真似るのですね」と作者に自慢したところ

「 それはそれは素晴らしい。あなただからこそホトトギスも山彦も美声を聞かせて
くれたのでしょう。私ではとてもとても 」と相手を持ち上げたものですが
「あぁ残念!自分も聞きたかったなぁ」という気持も滲んでいるようです。

 「 つれもなき人を恋ふとて山彦の
    応(こた)へするまで嘆きつるかな 」 
                      古今和歌集 読み人しらず


  ( 情が薄い人に恋をしてしまったわ! 
    私がいくら想っても応えてくれないのです。
    あぁ-切ない!そのため息さえも山彦となって響き返ってまいります。)

苦しい片思い。毎日ため息ばかりつき悶々と悩む女。やがて諦めの気持が- -。
でもやっぱり諦めきれない--。そして、それは自嘲の気持に変わります。
大げさな表現で自分自身の滑稽さを笑わざるをえない哀しい女心です。

「この歌は美男子ナルキッソスへの片思いに憔悴しついに声だけになった
ギリシヤ神話の森の精エコーの話とどこか通い合うものがある」
                           (古今ことば辞典)

エコーを失恋させたナルキッソスは水に映るわが姿に恋をし、
ついに焦がれ死んで水仙の花に化したといわれています。
ナルシスト(自己愛の強い人)という言葉はこの伝説から生まれました。

「 やまがつの うたへば鳴るや 皐月川 」 飯田蛇笏

     註「やまがつ」:山賊=山仕事をする人
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:25 | 自然

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