万葉集その百六十二「黄楊(つげ)の櫛」


 「 黄楊の櫛-それは私たちの祖先が千数百年前から慣れ親しんできた
   装身具であった。
  この頃はプラスティックに変わってしまったが、黄楊のやわらかな感触を
  知るものにとっては味気ない。
  同じ黄楊でも機械で大量生産したものと手で作った櫛の間には雲泥の相違がある 」 

                      白洲正子著「日本のたくみ」より

 「 朝月(あさづき)の 日向(ひむか)黄楊櫛 古りぬれど
   何しか君が見れど飽かざらむ 」  
                       巻11-2500 作者未詳


( 有明の月が太陽と向かい合っています。
その日という名をもつ私の日向産の黄楊櫛も使い馴れて
美しいつやが出てきました。

私達夫婦の仲もその櫛同様随分長くなりましたね。
でもあなたをいくら眺めても見飽きるということがありませんわ )

一夜愛された後の満足感溢れる妻の歌です。
万葉学の先生がたも実に楽しい解説をされています。

「 妻が朝、黄楊の櫛を使いながらその夫に楽しさに微笑んでいる歌。
梳っているのは自分の髪ではなく夫の寝乱れた髪であり、
夫に鏡を持たせて背後から言っているものかもしれぬ」 (窪田空穂)

「 夫婦生活は飽きるどころではなく、つねに毎朝毎朝新鮮なのだ。
夫婦の人 たまにはこの新鮮さを見直して欲しい」 (犬養 孝)  等々。

「 君なくは なぞ身装(みよそ)はむ 櫛笥(くしげ)なる
     黄楊の小櫛を取らむとも思はず 」 
                    巻9-1777 播磨娘子


( あなたさまが居られたので毎日一生懸命身を綺麗にしておりましたのに。
  もうどうでもよろしいわ。櫛など手に触れたくもありません )

   櫛笥: 櫛を入れる箱 (当時櫛は貴重品であった)

この歌は都から来た役人と親しくなった地元の民家の娘か遊女が
詠ったものと思われます。
恋人に取り残されて放心状態になり、化粧する気にもなれない哀しみが
ひしひしと伝わってくる歌です。
 
黄楊は200年経た材でも直径12~3cmにしか育たないので、
どの部分も木目が細かく、しかも樹脂を含むので毛髪に良いとされ枕にも
加工されました。

 「 夕されば床(とこ)の辺(へ)去らぬ黄楊枕
    何しか汝(なれ)が主(ぬし)待ちがたき 」
                   巻11-2503 作者未詳



( 夕方になると何時も寝床にいて離れない枕さんよ。
  お前さんはどうして主人を迎えることが出来ないの?)

枕に向かって男が通ってこない訳を問いかけている女。
わびしさと共に艶かしさも感じられる一首です。

「黄楊」はその深緑色の葉が「つぎつぎ」と層をなして付くので
「つげ」という名が付けられたそうです。

春に淡い黄色の小花を咲かせます。

「 黄楊の花ふたつ寄りそひ流れくる 」
                   中村草田男

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:22 | 植物

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