万葉集その百六十一(みどり)

 「春は萌え夏は緑に紅の
   まだらに見ゆる秋の山かも 」 
             巻10-2177 作者未詳


「ミドリ」という言葉は元々色名ではなく草木の新芽をいう語とされております。

また、702年施行の大宝律令には「男女を問わず3歳以下を緑となす」、
戸籍帖に「緑児」「緑女」とあり「新芽のように瑞々しい生命力に溢れた幼児」
という意味にも使われました。

さらに、艶々した髪を「緑の黒髪」といいますが「艶のある黒色」は「濃い緑色」に
みえることに由来するそうです。

「 浅緑 染め懸(か)けたりと見るまでに
   春の柳は萌えにけるかも 」  巻10-1847 作者未詳


( 薄緑色に糸を染めて、木に懸けたと見まがうほど 
  柳が美しい緑の芽を吹き出しましたよ )

浅緑色は浅葱(あさぎ)色といわれて葱の芽出しのような
黄色味を帯びた緑をいい、句歌では「浅緑」は柳の新芽、
「若緑」は松の新芽にと使い分けられております。

「 我が背子に恋ふとにしあらし みどり子の
     夜泣きをしつつ寐寝(いね)かてなくは」 
               巻12-2942 作者未詳


( あなたに心底恋い焦がれてしまったようですわ。
  赤子のように夜泣きしながら眠ろうにも寝られないのですから)

一夜中赤子のように泣き明かした作者は失恋したのでしょうか?
「みどり子」が純情可憐な乙女を想像させ、切なさと情愛の深さを
感じさせます。

「 わがせこが 衣はるさめ降るごとに
   野辺のみどりぞ色まさりける 」 古今和歌集 紀貫之


( わが夫の衣を張る春がきた。 ほんとうに春雨がふるごとに
  野辺の緑の色が深くなってゆく感じですよ )

夫の衣を張る喜びと楽しさ、そして一雨ごとに春が深まってゆく喜び。
春の名歌とされている一首です。

古代の人達は瑞々しい新緑を眺め、その鮮やかな色を
自らの衣裳に染め付けたいと願ったことでしょう。


然しながら葉緑素という色素は水に流れやすく天然の植物染料には
ならないのです。

「 植物であれば緑は一番そまりやすそうなものですが、
  ふしぎと単独の緑の染料はなく
  黄色と藍を掛け合わせなければできません。

  十段階に近い藍の濃淡に黄色の染料- 
  刈安、梔子(くちなし)、黄檗(きはだ)
  沖縄の福木などで染めた黄色を掛け合わせると緑の
 バリュエ-ションが生まれます。

  青と黄、水と光、自然はこの二つを結合させることによって
  緑を誕生させました 」

                   志村ふくみ(「一色一生」より要約抜粋)


   「 万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初むる 」 中村草田男

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:21 | 自然

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