万葉集その百六十(蜷:みな=田螺)

蜷(ミナ)とは田螺(タニシ)の古名で「美菜」即ち美味な食べ物の意とされています。
身近なところで大量に採取出来た上、栄養成分がバランスよく含まれているので
古代の人々は栄養補給に最適の食材として常食していました。

また蜷の腸(ワタ)は黒焼きにして食べたり眼病などの薬とされていたようです。

「 鴨じもの浮寝をすれば 蜷の腸
        か黒き髪に露ぞ置きにける 」  
                     巻15-3649 作者未詳



( まるで鴨のように波の上で浮寝しているようだったよ。
 お陰で黒々とした私の髪が真っ白になる位に白露が
 しとどに置いたことだ )

738年遣新羅使が山口県防府市の沖、佐波島あたりで逆風に遭い
漂流の身となりました。
幸い翌日順風を得て大分県中津市の海辺に辿りつきましたが、
どこへ流されるとも分らず、生死も定かならない暗黒の海上での一夜。
さぞや恐ろしかったことでしょう

「蜷の腸」は黒く、また黒焼きにするので「黒髪」に懸かる枕詞となっています。
ミドリの髪ならぬタニシの黒焼きの髪とは古代人も面白いことをいうものです。

 「- 蜷の腸 か黒き髪に真木綿(まゆふ)もち あざさ結ひ垂れ 
   大和の黄楊の小櫛を 押さえ刺す 
   うらぐはし子 それぞわが妻 」
               巻13-3295(長歌の一部) 作者未詳


( 黒々とした髪に美しいあざさの花を木綿で結びつけ、
  黄楊の櫛をさしている可愛い子
  そんな娘が私の恋人なのですよ。どうか結婚させてください。)
 
「アザサ」:リンドウ科の水草、黄色い花をつける 「うらぐはし子」:魅力ある娘

父母に打ち明けられない相手と交際していたが、たまたま親から事情を聞かれて
これ幸いとばかり如何に魅力ある女性かを懸命に紹介しながらも惚気ている
純情な若者です。

 「 とほき世の かりょうびんがの わたくし兒
      田螺(たにし)はぬるき みず恋ひにけり 」 
                       斉藤茂吉 赤光


「迦陵頻伽(かりょうびんが)」とは仏教上の想像の鳥です。
極楽浄土の雪山に住み、妙なる声で鳴き、
姿は「シギ」に似ているが頭部は人面。
しかも天女のように美しいといわれ、寺院の壁や天井に
その絵がよく見られます。

その天女(鳥)の私生児が田螺であると作者は荒唐無稽な想像をして
楽しんでいる戯れ歌ですが鑑賞する側も理屈ぬきで茂吉の春の夢として
味わうほかはありません。

食通が好むといわれる「タニシ料理」。
北大路魯山人は「これぞ究極の美味」とこよなく愛したそうです。

 「 田螺和(たにしあえ) 地酒は舌に響きけり 」 
                            清崎敏郎

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:20 | 動物

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