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万葉集その百五十六(鮒:ふな)

「ふるさとの野川は今も流れたり
    おもへばここよ鮒とりしところ」 落合直文


古代、冬の鮒とりは釣竿や網などを使わずに素手で獲っていたと
伝えられています。
張り詰めた氷を割って腕を水面下に突っ込み、冬眠している鮒が
驚いて浮かび上がってくるのをすばやく掴む豪快な漁法です。

「 沖辺(おきへ)行き 辺を行き今や妹がため
   わが漁(すなど)れる藻臥束鮒(もふしつかふな)」 
             巻4-625 高安王


( 沖へ舟をやり岸辺を探し回りやっとあなたのために鮒を獲ってきました。
 藻の中で眠っていた(藻臥) 小さな鮒(束鮒)ですが私の心からの贈り物です)

大げさな表現でおどけているようですが
「“藻”に共寝の床を連想することが許されるならば
“臥”の意味も生きてくるが」(伊藤博) とあるように口説きの歌あるいは
「寒鮒の乾燥粉末を妊婦の病気治療に用いたことから
相手の女性は妊娠中だったかもしれない」(くすり歳時記 槙佐知子)という説も。

 「 藪かげに新聞紙敷きてかき座り
        寄る鮒まつよ一すじの糸に 」   若山牧水


「釣は鮒に始まり鮒に終わる」と云われているほど奥が深いそうです。

甘露煮の好材料とされる寒鮒は冬眠中泥の中に潜んで動かないため
釣り糸を垂れても餌に見向きもせず、素人では釣るのが難しいといわれています。

また、小さな物音にも敏感で古くから臆病者の代名詞にも使われました。
「フナだ! フナだ! フナ侍だ!」これは殿中で吉良上野介が
浅野内匠頭を小心者として罵倒した有名な台詞です。

乗込み鮒(のっこみぶな)とは3月の終わり頃から4月にかけて
産卵のために細い流れにぐんぐん乗り込んでくる鮒の集団をいい、

「春の水みなぎり落つる多摩川に
    鮒は春ごを産まむとするか 」 馬場あき子 

   などと歌われております。

鮒で忘れることが出来ないのは琵琶湖名産の「鮒鮓」(フナズシ)です。 
古代の最も古い保存食品として知られ、鮒を熱い飯に包み込み
鮒が程よく発酵して酸味をもつようになると飯は一粒残らず払い落として
鮒のみを食べたそうです。
貴重な米をすべて捨ててしまうのですから超高級食品だったことでしょう。

現在では「ふな寿司」という名前で郷土料理百選にも採り入れられておりますが、
「クサヤ」などと同じように多少癖がありこれを好む人は食通といわれております。

   「 鮒ずしや彦根の城(じょう)に雲かかる 」 蕪村

by uqrx74fd | 2009-03-08 12:16 | 動物

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