万葉集その百五十三(川楊:かはやなぎ)

柳の一種である「川楊」は水辺を好むところからその名があり
現在では「猫柳」とよばれています。

まだ寒さも去りやらない頃、銀色の絹のような柔らかい毛に覆われた花穂が
赤い皮からにょっきりと抜け出し春の息吹を伝えてくれます。

 「 山の際(ま)に雪はふりつつしかすがに
    この川楊(かはやぎ)は萌えにけるかも 」 
                   巻10-1848 作者未詳


( 山のあたりはまだ雪が降り続いているのにこの川原はもう春ですよ。
 ほらほら御覧なさい。川楊がもう芽吹いています。待ちに待った春ですね)

 山は冬、里は春。
 「しかすがに」は季節が移り変わる間に起きる矛盾した現象を詠う時に
 使われる言葉で「それなのに」という意味です。

 「 かはづ鳴く六田(むつた)の川の川楊(かはやぎ)の
    ねもころみれど飽かぬ川かも 」 
          巻9-1723 柿本人麻呂歌集 絹が歌


( 河鹿が鳴く六田(奈良県吉野郡)のあたりにはえている川楊も
  見飽きませんがこの川の流れもいくら見ても見飽きないことですね)

この歌は官人たちが吉野へ旅する途中、川のほとりで宴会を開いた時、
地元の絹という遊女が詠ったもので相当な教養があったことが窺われます。
「ねもころに」は「ねんごろに」の意で景勝を褒めながら宴席の主人を
讃えております。
  
 「 霰(あられ)降り 遠江(とほつあふみ)の 
      吾跡川楊(あとかはやなぎ)
      刈れども またも生ふといふ 吾跡川楊 」
            巻7-1293 柿本人麻呂歌集


( 霰が降る中で吾跡川の川楊よ。刈っても刈ってもあとから
  すぐすぐ生えてくる吾跡川の楊よ )

この歌は五七七 五七七調が変則的ですが旋頭歌といい
民謡が多いとされています。
楊の生長と再生力を詠いながら恋心がしきりに湧いて
止められないことを例えた歌です。

万葉人は文字を遊び心で綴ったらしくこの歌での「霰」は原文で「丸雪」と
表記されていてこれを「あられ」と訓ませます。

戯書といいますが「未通女」=「おとめ」、「暖」=「はる」、「寒」=「ふゆ」
「去家」=「たび」 など万葉人はなかなかのユ-モァセンスの持ち主でした。

「 霧雨のこまかにかかる猫柳 
     つくづく見れば春たけにけり 」 北原白秋


「ネコヤナギ」という名はその花穂が猫の尾に似るとされたためですが、
当初は「エノコロヤナギ」「イヌコヤナギ」と子犬に例えて呼ばれていたそうです。

「エノコヤナギ」が「エコヤナギ」と転じ「ネコヤナギ」と誤聴された
(歳時記語源辞典 橋本文三郎 文芸社)ともいわれております。
                                                    
 「 山里の雛(ひいな)の花は猫柳 」 高濱虚子
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:13 | 植物

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