万葉集その百五十二(沫雪、淡雪、春の雪)

「この日、大和平野には黄ばんだ芒野に風花が舞っていた。
 春の雪というにはあまりに淡くて羽虫が飛ぶような降りざまであったが
 空が曇っているあいだは空の色に紛れ
 かすかに弱日(よろび)が射すと却(かえ)ってそれが
 ちらつく粉雪であることがわかった。」
                三島由紀夫 「春の雪」より


「 巻向(まきむく)の 桧原もいまだ雲居ねば
    小松が末(うれ)ゆ 沫雪流る 」 
         巻10-2314 柿本人麻呂歌集


( 巻向の桧原。その上空にはまだ雲が出ていないのに
 小松の梢にもう山から風花が舞いおりて流れているよ )

雲も出ていないのに思いがけなく雪が降ってきた驚きと喜び。
「調べは雪の流れに融けあい表現の神秘すら感じさせる
 人麻呂声調の極地」(伊藤博)

「声に出して誦(ず)したい作品群中でも特に流麗な一首。
 このような作品には訳など無用なもの」(杉本苑子)と
 最大級の賛辞が呈されている名歌です。

この歌はのちに新古今和歌集(巻一春歌上)で
「 巻もくの檜原の未(いま)だくもらねば 
   小松が原にあは雪ぞふる 」 大伴家持


と作者も内容も改作され、本歌の生彩が全く失われてしまいました。
ただ、ここで注目されるのは万葉集では冬の歌とされていたものが
新古今和歌集では春の部に分類されていることです。

「 梅が枝に鳴きて移ろふ鶯の
     羽白袴(はねしろたえ)に沫雪ぞ降る 」  
            巻10-1840 作者未詳


( 梅の枝から枝へと飛び移っている鶯。その鶯の羽が
  真っ白になるほどに沫雪が降っているよ )

梅、鶯、白雪とまるで幻想のような世界です。
このような取り合わせは古くから絵画や漢詩によくみられ、
作者未詳ながら文雅に長じた人の作と思われます。

「アハユキ」(淡雪)は元々「泡雪」「沫雪」と書かれて「アワユキ」訓み
「泡のような柔らかい雪」の意で冬のものでした。

平安時代になると「うたかたのように溶けやすい春の雪」を
「淡雪」(アハユキ)と表記し泡雪と区別するようになりましたが
明確なものではなく春、冬混在して用いられていたようです。

江戸時代中期、各務支考が“淡雪は決して春と定むべし”(古今抄)と論じ、
現在では「淡雪」をはじめ「斑雪(はだれ)」「牡丹雪」「綿雪」なども
春の季語となっております。

「 春の雪ちりこむ伊予の湯桁かな 」     松瀬青々
   

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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:12 | 自然

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