万葉集その百四十九(氷から薄氷へ)

古代、氷が凝結することを「こほる」といい、その凍った固体を「ひ」と呼んでいました。
当時の氷は極めて貴重品とされ、これを保存するために朝廷直轄の役所である
水主司(もいとりのつかさ)まで置いたそうです。

冬に池から切り取られた氷は大和、近江山城、河内、丹波各地の山陰の
窪地にある氷室に貯蔵され、夏に取り出して天皇や貴族の食用その他に供されました。

酒をオンザロックで飲んだという記録もみられます。

 「- あらしの吹けば立ち待つに、我(あ)が衣手に置く霜も 
    氷(ひ)にさえわたり降る雪も凍りわたりぬ  
    今さらに君来まさめや -  」 
           巻13-3281(長歌の一部)作者未詳


( 嵐が吹く中を門で立って待っているうちに、私の袖口についた霜が
  氷のように冷え切り、降る雪もすっかり凍て付いてしまいました。
  こうなっては今さらあの方がお出でになるはずもありません - )

待てど来ませぬ恋人。雪がふりしきる中を立ち尽くす女。
「氷にさえわたり」に夜寒の感じがつくされ、哀れさを誘います。

 「 佐保川に凍りわたれる薄ら氷(び)の
     薄き心を我が思はなくに 」 
          巻20-4478 大原櫻井真人


( 佐保川にうっすらと張りわたっている氷。
  そんな薄っぺらな気持ちで私があなたを思っているわけではないのに )

作者は天武天皇の子長皇子の孫。冬の情景を恋歌仕立てで詠っています。
756年、大伴家持の年来の歌友、大伴池主宅で宴会があり、
藤原仲麻呂に反感を持つ人達が集まりました。

当時、仲麻呂は朝廷で絶大な権力を持ち、その専横は目に余るものであったようです。
出席者の一人である大原真人今城がこの歌を古歌として披露したもので、その奥には
主人池主に対する忠誠の気持ちが込められているようです。

その思いも空しく、数ヶ月のち大伴池主は朝廷に対する謀反の疑いで投獄され、
この宴に参加しなかった家持は危うく難を逃れることが出来ました。

  「 ものあさる ふりとも見えず薄氷(うすらひ)の
      とざせる小田に立てる白鷺 」     若山牧水


寒い冬から次第に春めいてくると水溜りや田んぼ、
池の上に張ってもすぐに融けてしまいそうな「うすらひ」。
いかにも暖かい日の訪れが近いことを感じさせてくれる言葉です。

  「 うすらひや わづかに咲ける芹の花 」 榎本其角
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:08 | 自然

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