万葉集その百四十八(鮪:シビ)

鮪(シビ)とはクロマグロ、ホンマグロの異名とされております。
縄文時代の貝塚から多数の鮪の骨類が出土されており、古代人は
シビを美味な魚と大いに歓迎していたようです。 
                                     
 「 - 印南野(いなみの)の 邑美(おふみ)の原の 荒袴(あらたえ)の 
     藤井の浦に鮪釣ると 海人舟騒ぎ 塩焼くと 人ぞ さはにある- 」 
       巻6-938 山部赤人


( 印南野、邑美の原の近く、藤井の浦で鮪を釣ろうとして海人の舟が
  たくさん集まりまた、浜では塩を焼こうと大勢の人が出ています )

古代、兵庫県明石の沖では漁舟が入り乱れるほどにマグロが捕れたようです。
ただ遠洋のものである鮪がそれほど大量に捕れたかどうかは疑問があり、
ここでの「シビ」はマグロ、サハラ、サバ等の魚の総称ではないかとも
いわれております。

 「 鮪突くと 海人の燭(とも)せる 漁(いざ)り火の
    穂にか出(いだ)さむ 我が下思(したも)ひを 」 
        巻19-4218 大伴家持


( 海人達が鮪を獲ろうと漁火を赤々と焚いています。
私もあの漁火のようにあの人に対する想いをはっきりと表に出してしまおうか。 
何時までも胸に秘めていないで。)

古代の海人たちは漁火の下に集まる鮪を銛で突くという
豪快かつ危険な漁をしていました。
作者は人目をはばかる恋をしているのでしょうか?
暗闇の中、遠目にも鮮やかな漁火を眺めながら物想いに耽っております。

「 塩まぐろ取り巻いているカカァ達 」

この川柳は江戸時代「まぐろ」は長屋向きの安価な魚だったことを示すもので、
「塩まぐろ」とは魚を三枚におろして塩をたっぷりまぶしてすり込んだものをいいます。

当時は赤身の部分だけを食べ「トロ」は捨てるか豚の餌にされていたそうです。

天保時代、鮪が捨てるほどの大漁になり、「夷屋」という寿司屋が試みに
「まぐろ鮨」を握ってみたところ新しいもの好きな江戸っ子に大いに受けて
人気を博しましたが、それでも食べたのは「赤身の鮨」だけ。 

今では信じられないような話です。

「 餌まけば 深きより出でて尾鰭(おびれ)うち
     鮪(シビ)は群れて うちどよむとふ 」 
    若山牧水 (渓谷集より)
  註:「どよむ」:響きわたる

昭和30年代になり-50℃の船内冷凍技術が発達し獲り立ての鮪の
鮮度と旨味が維持できるようになりました。
「トロ」の人気が高まったのはそれ以後のこととされております。

 「 鮪(シビ)の船 水平線を突き上ぐる 」 山口誓子
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:07 | 動物

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