万葉集その百四十六(安達太良山:あだたらやま)


「 郡山から福島までの間で汽車の窓から左手にあざやかにこの山が見られる。
雪のある時にはその姿はいっそう立派に私達の目に迫ってくる。

昔の旅人がこれを見逃すはずはない。その途中の二本松から眺めた安達太良山。
それを歌った高村光太郎の詩がこの山の名を不朽にした」 
「深田久弥著 日本百名山 安達太良山(1700m)」


万葉時代、常陸(茨城)下野(栃木)から北方を陸奥(みちのく)の国とよんでいました。
今の福島県、山形県内陸部、宮城県一円の地域にあたり、
次の歌は万葉集中北限に近い場所で詠われたものです。

 「 安達太良の嶺(ね)に伏す鹿猪(しし)の ありつつも
   我(あ)れは至らむ 寝処(ねど)な去りそね 」 
          巻14-3428 作者未詳


( 安達太良山の鹿や猪はいつも決まった寝床に帰って休むと言います。
  私もお前のところへ通い続けるから、いつでも共寝できるように待っていてね。 )

この歌の解釈には色々な説がありますが、
佐々木幸綱氏は「二人の間に何かトラブルでもあって、女が“もう通ってこないで!”
などとすねてしまった。そんな場面を思い浮かべればこの歌の意味が理解しやすい」
とも解説されています。(万葉集東歌)

原始性豊かな山麓の中で鹿や猪と一体になって生活している人々の様子が窺われ、
もともとは山野で働く人達が歌った民謡であったようです。

 「 陸奥(みちのく)の安達太良真弓 弦(つら)着(は)けて
       引かばか人の 我を言(こと)なさむ 」 
            巻7-1329 作者未詳


( 檀(まゆみ)で作った弓に弦をつけて引張るように、あの女の気を引いたら
 世間の人はあれこれと噂を立てるだろうなぁ )

安達太良山には弓の材料である檀が数多く生育していました。
当地で作られた弓は特に「安達太良真弓」とよばれ、遠く都にまで知られていた名品です。
ここでの「弦をつけて引く」は「女性の気を引いて誘う」喩えとして用いられています。

人々は「智恵子のほんとの空」を見たくて車窓から安達太良山を眺め、山に登ります。
安達太良山の頂上はつんと突起しており「乳首山」ともよばれています。

山名の由来は、古代の製鉄用溶鉱炉の名称であるタタラからきているという説 、
アイヌ語の乳の意味のアタタからきた説等々。

「 いささかの鎖にすがり岩づたふ
  安達太良山の乳首のあたま 」  中西悟堂 (安達太良より)


鳥類学の第一人者である作者は鳥を訪ねて全国の山々に登り241首もの
山の歌を詠み、その歌集の名として選んだのが「安達太良」でした。

  「 安達太良の 瑠璃襖なす 焚火かな 」 加藤楸邨
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by uqrx74fd | 2009-03-08 12:05 | 自然

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