万葉集その百三十二(酒を醸む)

古代、酒造りのことを「酒を醸(か)む」と言い習わしていました。
これは蒸し米を口の中で咀嚼して容器に入れ、発酵させて造ったことに由来します。

奈良時代には既に麹が発明されており、酒の製造は画期的な発展を遂げましたが、
酒を「醸(か)む」という言葉は「醸(かも)す」という意味に変わりそのまま
使われていました。

「 味飯(うまいひ)を 水に醸(か)みなし 我(あ)が待ちし
     代(かひ)はさねなし 直(ただ)にしあらねば 」
       巻16-3810     作者未詳


( 美味しく蒸したご飯でお酒を造り、ひたすらあなた様をお待ちしていましたのに
 その甲斐が全くありませんでした。あなた様自身がおいでにならないので )
 
この歌には作者の添え書きがあり
「単身赴任した夫が帰郷する段になって事もあろうに他の女を伴って帰り、
土産物だけを送り届けてきた。よってその恨みを詠う」とあります。

一日千秋の思いで待ち続け、酒まで用意していた妻に随分ひどい仕打ちをした男が
いたものですが、このような歌がよくぞ1300年後まで残ったものだと感心させられます。

 「 君がため醸みし待酒 安の野に 
     ひとりや飲まむ友なしにして 」 巻4-555 大伴旅人


( 貴殿が都へ戻ったままもう二度とお目に掛かれないとは寂しくてなりません。
折角あなたと飲もうと思って造っておいた酒なのにこの安野(福岡県夜須町)で
一人酒とは誠に残念なことです。 )

大宰府の次官である丹比県令(たぢひのあがたもり)が公用で都に出張したところ
政変があり都に止め置かれて帰任せず、そのまま政治の中枢に
栄転してしまったためやむなく送別の辞を都へ送り届けたもので、
お座なりではなく心からの惜別の情を感じさせ、作者の優しい人柄が滲み出ている歌です。

麹の発明は酒のみならず味噌、醤油、味醂などその後の日本料理に決定的な影響を
もたらす画期的なものでした。

然しながら微生物やカビの知識を持たない古代人たちはどのようにして多くのカビや
細菌類が氾濫する中から純粋な麹カビだけを分離することが出来たのでしょうか?


小泉武夫氏はその著「酒の話」(講談社現代新書)で

「 古代人は純粋分離の媒介に木灰を使用した。
木灰はアルカリ性でほとんどの微生物群が繁殖しにくいのに反し麹カビは抵抗力が
強い上、灰に豊富に含まれるカリウムやリンを糧にして著しく増殖する。
古代人はそのことを経験的に知っており、正に微生物学的な知識を取得していた
とは驚異である。」 と述べられております。(要約抜粋)


古くから重陽の日(旧暦9月9日)以降に「酒を温めて用いれば病なし」と云われてきました。
肌温とは人体に有害な成分をなくして酒の旨さを最大限に引き出す温度を言うそうです。

「 それが好きあたため酒という言葉 」 高濱虚子
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:51 | 生活

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