万葉集その百三十一(花妻)

「花妻」、この美しい言葉は万葉歌人大伴旅人の造語とされています。
文字通り「花の如く美しい妻」の意ですが古代の鹿は殊のほか萩を好んだことから
「萩は鹿の花妻」とも詠われました。

「 わが岡に さ雄鹿来鳴く 初萩の
       花妻とひに 来鳴くさ雄鹿 」 巻8-1541 大伴旅人


( 我家近くの丘に雄鹿が来て鳴いているなぁ。
 萩の初花を自分の花妻だと慕って鳴いているのだろうよ。)

雄鹿は萩の開花に合わせるように鳴き始め、花が満開の時に最も激しく鳴き、
なんとなく侘しげな声で鳴く頃は花が散るときです。

古代の原野は萩が見渡す限りうねるように咲き乱れていたことでしょう。

雄鹿が胸で萩をかき分けながらゆっくりと進みやがて花の中に埋没して消えてゆく。
作者はその姿に亡くなったばかりの妻の面影を重ねているように思われます。

「 足柄(あしがり)の 箱根の嶺(ね)ろの にこ草の
    花つ妻なれや 紐解かず寝む 」 巻14-3370 作者未詳


( お前さんが箱根山の嶺に咲いている「にこ草の花」のように手が届かない
  聖女の花妻ならば仕方がないが、そうでないのだから共寝しょうよ。
  何で嫌だと言うのかねぇ?)

何らかの事情で夜の共寝を拒絶された男の嘆き節と思われます。
「にこ草」は「似児草」「和草」の字が当てられています。「花が咲く柔らかい草」、
「ハコネソウ」という説もありますが詳細は未詳です。

ところで「花妻」「花つ妻」は何故共寝ができないのでしょうか?

折口信夫氏は「結婚前、ある期間厳粛な隔離生活をする処女」とされていますが
結婚後でも新嘗祭などで一定期間精進潔斎する人妻の歌がみられるところから
結婚の有無に関わりなく神に仕えている間の女性の意であると思われます。

近代になると「花妻」という言葉から「神に仕える女性」というイメージは完全に消え

「 まぁ あれがあなたの大好きな馬酔木の花!」妻もその潅木のそばに
  寄ってきながらその細かな白い花を仔細に見ていた」 (堀辰雄 大和路)

 のように「花」と「妻」という文字を別々に使い分けながら
 「花のような美しい妻」という意味を奥に潜ませております。

「 桐の花妻に一度の衣も買はず」      中村草田男
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:50 | 植物

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