万葉集その百二十九(花野)

秋晴れのもと美しい花々が咲き乱れ、玲瓏と響き渡る虫の声。
萩、尾花、女郎花、撫子、野菊、桔梗、吾亦紅、竜胆、等々、
一つ一つを取り上げると何となくつつましやかな花が、思い思いに
一面に咲き乱れると華やかな場面に変わります。

 「 秋萩の 花野のすすき 穂には出(い)でず
       我(あ)が恋ひわたる 隠(こも)り妻はも」
                 巻10-2285 作者未詳


(萩の花が一面に咲き乱れ、その花陰にススキがまだ穂を出さないまま、
ひっそりと立っています。
私もそのススキのように人目を忍んであの人に恋をしていますが、
彼女もまた「隠り妻」という名のごとく家に引き籠ったまま姿を見せてくれません。
お互いに人目をはばかる仲、なんとも切ない恋をしていることです。)

「隠り妻」とは社会的に認知されていない関係をさし、人妻あるいは何らかの事情で
関係を持つことが許されない相手(巫女、采女、両親の反対など)かと思われます。

この歌で「萩が一面に咲いている野」という意味に使われている「花野」という言葉は
後代になると「秋の花が千々に咲き乱れる野」という意味に変わってゆきます。

 「 なにとなく 君に待たるる ここちして
    出でし花野の 夕月夜かな 」 与謝野晶子 (みだれ髪より)


(なんとなく恋しい人が私を待っていてくれるような気がして、あてどなく歩いていると
秋の花々が咲き乱れる野原にやってきました。上を見上げると美しい夕月が‐ ‐)

秋の夜、恋人の面影、百花繚乱の野原、空には月、ロマンティックで
幻想的な場面です。

作者は、「花野」「柔肌」などの万葉言葉を自身の歌に多く取り入れております。

古代の自給自足の時代、多くの人々は草花や木々を見て美しいとは感じても、
それを生きる為の大切な生活資源と認識していたように思われます。

風流の心が芽生えたのは生活に少し余裕が出てきた万葉時代の頃からで、
梅をはじめ大陸文化の輸入とあいまって貴族や官人達の間で草木を鑑賞し
賛美するという意識の変化がみられ、詩歌で表現したり、外なる自然を
住居の周辺に取り入れるようになります。

さらに平安時代には秋の野の趣を庭に移そうと試みられ、草花を植え、
鳴く虫をすだかせた庭が宮中や貴族の屋敷に盛んに造られました。
このように庭先に植える草花または植え込んだ草木を
「前栽」(せんざい)といいます。

「花野」という言葉が秋の季語とされるに至ったのは「和漢朗詠集」で「前栽」が
秋の部の題とされたことによる影響が大きかったそうです。

千三百年前に無名の人が造った「花野」という美しい言葉は様々な時代の
文化の香りを染み込ませながら今もなお生き続けております。

「 堅横(たてよこ)に 風の機(はた)織る 花野かな 」 

             乙由(おつゆう:江戸時代の俳人)

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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:48 | 自然

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