万葉集その百二十四(雨乞いの歌)

 「 雨乞に曇る国司のなみだ哉 」      蕪村

古代から水不足による旱魃は人々の生死に関わる重大事であり、
雨乞いは国司(国守)の大切な仕事の一つとされていました。

749年越中の国で6月(陰暦)下旬から1ヶ月近く雨が降らず
秋の収穫が心配されはじめます。
7月もまもなく終わろうとする頃、空の彼方に雨雲の気配が見られたので
国守、大伴家持は早速雨乞いの歌を詠って天に祈りました。

「 -  雨降らず 日の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も 朝ごとに凋(しぼ)み
 枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞ふごとく 天つ水 
 仰(あふ)ぎてぞ 待つ - との曇りあひて 雨も賜はね 」 
                            巻18-4122 大伴家持 


( 雨が降らない日が重なり、苗を植えた田も、種を蒔いた畑も朝ごとに萎んで枯れてゆく。
 それを見ると心が痛んで幼子が乳を求めるように天を振り仰いで恵みの雨を待っている。
 - - どうか一面にかき曇って 雨をお与え下さい )

「 この見ゆる 雲ほびこりて との曇り 
   雨も降らぬか 心足(だ)らひに 」  巻18-4123  大伴家持


( 雨雲よ!広がれ!どんどん大きくなれ!
  そして心ゆくまで雨を降らせて下さい。 お願いします!)

雨乞いは各地方で色々な形で行われ 
「仏像、神体を担ぎだして川に投げ込み神や仏の怒りを買うように仕向ける」、
「雨乞いの踊り、鳴り物」、「山上での篝火、焚き火」、「法師、神主の祈祷」
「聖地からの水もらい」や、ユニークなものとして「女の一人相撲(秋田)」などもあります。

旱魃が迫ってくると農夫たちの水争いも深刻で

「 婆とても 負けてゐぬなり 水喧嘩 」 永見一柴 
「 水喧嘩 恋のもつれも 加はりて」 相馬虚吼


のような光景もみられたことでしょう。

国守大伴家持は祈祷三日後、幸運にも雨に恵まれ面目を果たします。

「 我が欲りし 雨は降り来ぬ かくしあらば
      言挙げせずとも 年は栄えむ 」 
                 巻18-4124 大伴家持


( 我らが願いに願った雨はとうとう降ってきた。もうあれこれ言わなくても豊作は
 間違いないでしょう )
 
  「言挙げ」:神などに願望や祈りを述べること  「年」:五穀、特に稲の稔り

このように待ちかねた雨を「喜雨(きう)」といいます。
人々の喜びは勿論のこと、田畑や山野までが生き生きと元気を取り戻す様子が
目に浮かぶような言葉です。

「 喜雨到る 音の次第に高まりし」 久保 茘枝(れいし)
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:43 | 生活

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