万葉集その百十九(麻)

「麻」とは大麻、苧麻(ちょま)、黄麻、亜麻、マニラ麻などの総称です。
我が国では一般に大麻と苧麻をさし、苧麻は真麻(まお)、からむし、
ラミーともよばれます。

麻の歴史は古く縄文時代から栽培され、紅花、藍と共に有用の三草と
されていました。

「 麻衣 着ればなつかし 紀伊(き)の国の
     妹背(いもせ)の山に 麻蒔く 我妹(わぎも)」 
          巻7-1195 藤原卿


( 麻の着物を着ると紀伊の国の妹山、背山で麻の種を蒔いていたあなたが
 なつかしく思われてなりません)

藤原卿は藤原房前、あるいは藤原武智麻呂ともいわれていますが
定まっておりません。

この歌での麻は大麻で春に種を蒔き晩夏に収穫します。
当時、貴族階級は絹物、庶民は麻衣を常用していました。
作者は親しかった女性と共通の思い出のよすがとして
「麻衣着れば」(共寝したことが)「なつかしい」と詠ったものでしょう。

「 庭に立つ 麻手(あさで) 刈り干し 布 曝(さら)す
        東女(あづまおみな)を 忘れたまふな 」 
             巻4-521 常陸娘子


( 庭に生い立つ麻 それを刈り、干し、布に織って晒す私。
 この東女をどうぞ忘れないで下さいね ) 

この歌は藤原宇合(うまかい:藤原不比等の第三子)が常陸守の任を離れて
帰京する際親しかった女性が贈った歌です。
麻に関わる作業過程が次々と重ねられ、忙しく立ち働く東国女性の姿が想像されます。

ここでの麻は苧麻と思われます。一年草の大麻は引き抜きますが多年草の苧麻は
刈り取り、翌年には同じ株から新しい茎が成長します。

麻はもともと沖縄で栽培されていましたが、鹿児島を経て越後に伝えられました。
越後の米商人は船で米を日本各地に運び、帰路に様々な品物を買求め、麻の種も
その一つだったのでしょう。

やがて、江戸時代に越後国 小千谷付近で高度な技術を駆使した高級な苧麻布が
織られるようになります。
これが今日最高級織物として名高い「越後上布」、「小千谷ちぢみ」といわれるものです。
 
 「 麻の葉も そよと越後の にほひかな 」 各務支考
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:38 | 植物

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