万葉集その百十六(蓴菜:じゅんさい)

ジュンサイは池や沼に生える水草で、古名を「ぬなは(沼縄)」といいます。
根茎が水中の泥の中を横に這い、葉柄も細長く縄のように見えるところから
その名が付けられたようです。

「蓴」という字は本来「ヌナワ」と読み、音読したものが「ジユン」です。
葉は水面に浮かび、夏には紫紅色の花を咲かせます。

「 我(あ)が心 ゆたにたゆたに 浮蓴(うきぬなは)
   辺にも沖にも 寄りかつましじ 」 巻7-1352 作者未詳


( 私の心はゆったりしたり、揺れ動いて落ち着かなかったり、
 まるで水に浮いている蓴菜のようです。
 岸辺にも沖のほうにも寄ることが出来ずにゆらゆら揺れて)
 
「ゆたに」は「ゆっくりと落ち着いて」 「たゆたに」は「たゆたふ」と同じ意味で
池に浮く蓴菜と、求愛された乙女が気持ちを決めかね心が揺れ動いている
さまを巧みに重ねた歌です。

蓴菜は全国各地の池や沼に自生していますが中でも秋田、福島などの
東北地方では名産とされています。

夏になるとゼリー状のヌルヌルとした粘質物に被われた若芽を採って
食用としますがナメコ茸の食感と良く似ており淡白な風味を好む人には
人気がある菜です。

 「 湯どころに 二夜(ふたよ)ねぶりて 蓴菜を
       食えば さらさらに 悲しみにけり 」  
              齊藤茂吉 (赤光より)


1913年、作者が32才の時母親が亡くなります。
没後間もない頃、かって母と共に訪れた蔵王、高湯温泉での歌です。
亡母の思い出がまつわって感慨も一入であったことでしょう。

「ねぶりて」は「眠りて」と「舐(ねぶ)る=じっくり味わう 
「さらさら」は「悲しみがさらに増す」と蓴菜の食感の「サラサラ」を連想させます。

蓴菜の収穫は5月から9月にかけて行われ、盥や小舟に乗って一つ一つを
手で摘み取る気の長い作業で、
「身一つを 入るる 盥(たらい)に 蓴(ぬなわ) 採る」  鈴鹿 野風呂
などと詠われております。

江戸時代には蓴菜が透明なので銀が浮くといって特に好まれました。
高級料理には不可欠の食材で酢の物、和え物、汁物の実などに
用いられております。

「 朝より酒 生じゅんさいは 箸より逃げ 」 石川桂郎
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:35 | 植物

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