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万葉集その百十四(蛍)

「 大蛍 ゆらりゆらりと通りけり 」 小林一茶

夏の夜、幻想的な場面を演出してくれる蛍はその光の信号で愛の言葉を
交わし合っているそうです。
卵や幼虫時代から光り始め、生涯にわたって光を放ち続けます。

万葉集の蛍は長歌にわずか一首のみ、しかも短いという比喩に
用いられているだけです。

あれほど多くの動物を詠った万葉人にしては不思議な事ですが、
古代、夜間の暗闇は神の時間と恐れられ、熊、猪、山犬、猿、蛇、蝮などが
無数に出没していて危険な上、闇に揺らめく蛍火は人魂のように感じられて
外出どころではなかったかも知れません。

さらに昼間の重労働の疲れで日が暮れると早々に寝床についた等のことから
蛍に親しんで歌を詠む気持ちにはなれなかったのではないかとも推測されます。

「この月は 君 来まさむと 大船の 思い頼みて いつしかと 
    我が待ち居れば 黄葉(もみぢば)の 過ぎて い行(ゆ)くと 
    玉梓(たまづさ)の 使の言へば 蛍なす ほのかに聞きて 
    大地(おほつち)を ほのほと踏みて 立ちて居て
     ゆくへも知らず ― ― 」   巻13-3344 作者未詳


(今月こそは あの方がお帰りになるだろうと大船に乗ったつもりで
 待っていましたのに..
「あのお方は 散る紅葉のように亡くなってしまわれました」 と使いの者から
 ほんのちらっと蛍火のように聞いただけで 思わず炎でも踏んづけるように
 大地に地団駄踏んで、立ったり座ったりして途方にくれて- - )

どうにも押さえられない悲しみと怒り、ため息をつき、涙も涸れて
やがて途方にくれて佇む女。
防人の勤めを終えて地方から帰ってくるはずの夫を待っていた妻の歌です。

蛍が詩文に頻繁に採り上げられるようになったのは平安時代からで、
枕草子をはじめ伊勢物語、宇津保物語、源氏物語など続々と出てまいります。

特に源氏物語では、その名も蛍兵部卿宮が光源氏の養女、玉鬘を訪れた闇の夜、
父の源氏が多くの蛍を対面の場に放ち、玉鬘の姿をほのと照らした幻想的な場面が
よく知られております。
蛍兵部卿宮が「蛍の光さえ消そうとしても消えるものではありません。まして
私の恋の火は- - 」と玉鬘をかき口説いたところ

「 声はせで身をのみこがす蛍こそ
    言ふよりまさる 思いなるらめ 」 (源氏物語 蛍の巻)


( 鳴く声も立てずに ただひたすら我が身をこがす蛍こそ
  言葉になさる誰かさんよりはるかに深い思いをお持ちのようですね) 
  と やんわりかわします。

この歌から次のような「都都逸」が生まれたのでしょうか。

「恋にこがれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身をこがす」 

by uqrx74fd | 2009-03-08 11:33 | 動物

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