万葉集その百十一(麦の秋)

麦は初夏に収穫を迎えます。
黄金色の麦の穂が薫風に靡いているこの時期を「稲の秋」に対して
「麦の秋」または「麦秋」といいます。

「あき」とは元来、収穫を祝う神祭りに関係した言葉で、
季節の秋という意味ではなかったようです。

「 柵(くへ)越しに 麦食む小馬の はつはつに
   相見(あひみ)し 子らし あやに愛(かな)しも 」 
         巻14-3537 作者未詳


( 麦畑の柵越しに、小馬が一生懸命 首を伸ばして麦を
 食べようとしていますがなかなか届かず、ちょっぴりとしか食べられません。
 私もあの娘とほんのちょっとしか会っていないというのに、とうとう忘れられなく
 なってしまいました。あぁ、いとしいあの娘よ! )

「はつはつに」は「はつかに」から現在の「僅かに」に変わった言葉です。
「相見る子」とは「相抱く、交わりを結んだ子」を表わし、
「まだ一度しか寝ていないのに
どうしても忘れられなくなってしまった」と言うのです。

「 馬柵(うませ)越しに 麦食(は)む 駒の 罵(の)らゆれど
   なほし恋しく 思ひかねつも 」 
       巻12-3096 作者未詳


( 馬柵越しに麦を食べている馬が怒られているように私も母親から、
 もうあの人に会うなと怒鳴りつけられてしまいました。
 でも、やっぱり恋しくて恋しくて-。そう簡単に忘れられるものですか! )

大麦の原産はカピス海から地中海の沿岸、小麦は西アジアで栽培され
弥生時代には早くも日本に伝わっていました。

昔は秋に収穫された米が春には底をつき、手当たり次第に色々なものを
食べてやっと命をつなぐという事がしばしばあり、この窮乏の時期を
春窮(しゅんきゅう)といいました。

そのような事から723年、朝廷は「麦は人を救う最良の穀物である」という
太政官符を発布して麦等の雑穀の栽培を奨励するようになります。

「 麦の秋という言葉には越えがたい時期を越えた農民の安堵の気持ちが
  籠っている。風流なだけの言葉と思ってはなるまい」(山本健吉)のです。

「 麦の穂の 出揃う頃の すがすがし 」 高濱虚子 
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 11:30 | 植物

<< 万葉集その百十二(貌鳥:かほどり)    万葉集その百十(かきつばた) >>