万葉集その百八(菖蒲:あやめぐさ)

五月五日は「端午の節句」、別名「菖蒲の節句」ともいわれます。

「端」とは「はじめ」で「五月の最初の牛(うま)日」であったものが「午」と「五」が
同音のためか、「五月五日」に変わったものと考えられています。

菖蒲は香りが高いので邪気を払い病疫を除くと言い伝えられ、
軒に葺き、頭に挿ざし、菖蒲湯をたてて

「 我入れば 暫し菖蒲湯 あふれやまず (高濱虚子)」  

となり、浴後は菖蒲酒で一献ともなります。

初夏に黄緑色の筆先のような花を咲かせ昔は菖蒲を「あやめぐさ」とよびました。
今日の美しい花を咲かせる花菖蒲(アヤメ)とは全く別種のサトイモ科の植物です。

「 ほととぎす 待てど来鳴かず あやめぐさ
      玉に貫く日を いまだ遠みか 」 巻8-1490 大伴家持


(ホトトギスが来るのを待っているのだけれども一向に来て鳴こうとしません。
 あやめぐさを薬玉(くすだま)にさし通す日がまだ遠いからでしょうね)

「玉に貫く日」とは端午の節句をさしています。
当時、ホトトギスの美しい声を薬玉に通していつも身につけていたいという
発想があったようでこの歌もこれを踏まえたもの(伊藤博)です。

薬玉は厄除けのお守りとされ二種類あります。
普通は「ショウブとヨモギ」、あるいは「ショウブと橘の花」を束ねて作ります。

一方、「続命縷(しょくめいる)」といい、麝香や沈香、丁子などを玉に入れて
造花で飾り、五色の糸に通して作るという高級なものもありました。

「 白玉を 包みて遣らば あやめぐさ
         花橘に あへも貫(ぬ)くがね 」 
              巻18-4102 大伴家持


( 真珠を包んで妻に送ってあげたら、あの人は菖蒲や橘の花に交えて
  通したりするだろうなぁ )

端午の節句が男子の健康と幸せを祝う日とされるようになったのは鎌倉時代に
「菖蒲」が「尚武」に通じるというところから、武士の間で流鏑馬(やぶさめ=騎射)
などが盛んに行われ、子供達は石合戦、菖蒲打ちなど男子中心の勇ましい遊びを
するようになったことに由来するようです。

さらに室町時代には兜人形、江戸時代には鯉幟が作られ、
現在のこどもの日の行事の原型が出来上がりました。

「 菖蒲の香 ほのと匂ひて 浴後なる 」  多田 香世子
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:27 | 植物

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