万葉集その百三(梅から櫻へ)

歌や俳句の世界では三月の最終日を弥生尽(やよいじん)または
三月尽といいます。

「尽」とは「つきる」すなわち晦日(みそか)のことで、
行く春を惜しむ言葉です。
もっとも春の終わりは旧暦時代のことで、太陽暦の現在では
梅から櫻への季節、まさに春たけなわを迎えようとしています。

 「 うぐひすの木伝(こづた)ふ梅の うつろへば
    櫻の花の 時かたまけぬ 」 巻10-1854 作者未詳


( 鶯が枝から枝へと飛び移っていた梅も、とうとう散ってしまったねぇ。
 いささか淋しい思いをしていたら もう櫻の咲く頃になってきたよ。
 うれしいね! さぁ、いよいよ お花見だ! )

時かたまけぬ:(片設ける) 「時節が来る」転じて「時が近づく」の意

花から花へ 季節と共に心が動いてゆく。
その自ずからな喜び(大岡 信)の一首です。

 「 梅の花 咲きて散りなば 桜花(さくらばな)
    継ぎて咲くべく なりにてあらずや 」  
  巻5-829 薬師張子福子(くすりし ちょうじのふくし)


( 梅の花が咲いたかと思うと、もう散ってしまいました。
 でも、間もなく桜が引き続いて咲きますよ。
 さぁ、さぁ、元気を出して賑やかにやりましょうよ )

730年大宰府の大伴旅人邸で梅花の宴が催され、
三十二首の歌が詠まれれました。
作者は渡来人の医者ですが、散る梅に皆がしんみりとしてきたので
この歌を詠い座を引き立てたようです。

「 吉野川の花筏 うかれてこがれ 候(そろ)よの、候よの 」
      (閑吟集.小唄、花より)


風に吹かれて、はらはらと舞い落ちながら水面に散り敷いて流れる
桜の花びら。
このさまを筏に見立てて花筏(花いかだ)と申します。

ここでは吉野の材木の筏と桜の花びらを掛け、
「うかれ」は「筏が浮く」と「心がうきうき」、
「こがれ」は「筏が漕がれ」と「心が焦がれ」を各々掛けた粋な恋歌です。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:22 | 植物

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