万葉集その八十九(商売のはじまり:「市」)

市の歴史は古く西暦280年頃に立った軽の市(奈良県橿原市)が
我が国最古のものとされています。

当時の市は露天で、木陰を確保するために樹木を植えて並木通りにしました。
色々な種類の木が植えられて市のシンボルとなり、海石榴市(つばいち:椿)、
桑市(桑)、餌香市(えがいち:橘)、軽市(槻:けやき)、東の市(杏)などと
呼ばれていました。

 「 紫は灰さすものぞ 海石榴市(つばいち)の 
    八十(やそ)の衢(ちまた)に逢える子や誰(た)れ 」
           巻12-3101 作者未詳


( 紫染めには椿の灰を加えるものです。
 海石榴市の分かれ道で出会ったお嬢さん! 
 あなたは何処のどなたですか?
 お名前を教えてくれませんか?)

  八十の衢:諸方へ四通八達に道が分かれる要衢の辻

紫染めの触媒に椿の灰汁(あく)を使います。
この歌では紫を女性、椿の灰を男性の意を含めて、
“混わる”すなわち結婚の誘いかけをしています。

当時は女性の親だけが知っている「本名」と「通り名」があり
本名を男に告げることは求婚の承諾につながりました。

さて女性はどのように返事をしたでしょうか?

 「 たらちねの 母が呼ぶ名を申(まお)さめど
     道行く人を 誰(た)れと知りてか 」 
        巻12-3102 作者未詳


( 母が呼ぶ名前を申さないわけではありませんが、
 でもどこのどなたか分らない行きずりの方に
 そう簡単にお教えすることなど出来るものでしょうか?)

海石榴市は歌垣が行われるところとしても有名で、
性の解放も行われていました。

男にとってはラブハントは当然の事と声をかけたところ
女性は「教えないわけではないが」と思わせぶりに気を引いておいて、
やんわりと断ったところにこの歌の面白みがあります。

ただ当時は求婚に対して一度は断るのが女性の嗜みでしたから
男は何回もトライしたことでしょう。

年の暮れになると注連飾りや正月に用いる品を売る
「年の市」が立ちます。
東京では古くから六大市と称して浅草観音、深川八幡、神田明神、
芝明神、芝愛宕、麹町平河明神が賑わいました。

「 勢ひや ひしめく江戸の 年の市 」 夏目漱石
[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 11:08 | 生活

<< 万葉集その九十(ほよ:宿り木)    万葉集その八十八(都鳥) >>