万葉集その八十一(豊旗雲:とよはたくも)

万葉の雲には白雲、青雲、横雲、波雲、八雲など多くの雲の名前が
見られますが、分けてもただ一つみえる「豊旗雲」は屈指の
美しい言葉です。

「豊」はその立派さ、壮麗さを讃えた言葉、「旗雲」は幡(ばん)のような
横に靡いている吹流しのような雲をいいます。

 「 海神(わたつみ)の 豊旗雲に 入日さし
   今夜(こよひ)の 月夜(つくよ) さやけくありこそ 」 
          巻1の15 中大兄皇子(のちの天智天皇)


( 空を見上げると海神が棚引かせたまう豊旗雲、
 何と素晴らしい光景だろう。
 おぉ、夕陽が射しこんできて空はすっかり茜色に染まってきたぞ。
 今宵の月夜はきっと清々しいことであろうなぁ。 )

この歌は661年、斉明天皇が征新羅のために九州行幸された途中、
播磨灘海岸辺りで詠まれたもので、額田王が天皇になり替って
作ったとも推定されています。

万葉集の最高傑作とされていますが、結句「さやけくありこそ」の
訓み方に十数説あり、いまだに定まっておりません。

天には茜色の巨大な豊旗雲、海上には軍船の、陸上には軍団の
無数の旌旗が靡き、実に雄大、荘厳な光景が想像されます。

作者は豊旗雲を神の旗と感じ、この船旅が海神に祝福されている
とも受取ったことでありましょう。

さらに美しい夕焼け雲をみて「今夜は月夜も素晴らしそうだ。
我々の未来もこのようなバラ色であって欲しい」という
祈りと期待をこめて詠ったものと思われます。

齊藤茂吉は「壮麗ともいうべき大きな自然とそれに参入した作者の
気迫と相融合して読者に迫ってくるのであるが、
是の如き壮大雄厳の歌詞というものは遂に後代には跡を絶った。

後代の歌人等は渾身をもって自然に参入して、その写生をするだけの
意力に乏しかった」と絶賛されています。   
                 ( 万葉秀歌より : 岩波新書 )

 「 満天の 夕焼雲が 移動せり 」 
            加藤楸邨(しゅうそん)

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by uqrx74fd | 2009-03-08 11:00 | 自然

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