万葉集その六十三(あじさい:オタクサ)

「 紫陽花の 藍極まると 見る日かな 」 中村汀女

「あじさい」という名は「集まる」ことを意味する「集(あ)づ」と
花の色の「真(さ)藍(あい)」から生れたといわれています。

「紫陽花」という漢字を当てていますが、これは誤用で、
平安時代の歌人、源順 (みなもとのしたごう) が
中国産の別種の「紫陽花」という花を「アジサイ」と
思い込んで表記した誤りが現在に至るまで千年以上も
続いており、もはや正すのは不可能でしょう。

「 あぢさいの 八重咲くごとく 八つ代(よ)にを
   いませ 我が背子(せこ) 見つつ偲(しの)はむ 」 
                  巻20の4448 橘諸兄


( あじさいがこの上もなく見事に美しく咲いているこの佳き日。
 あなた様にはこれからも末永くお元気でご繁栄されますように
 お祈りしています。
 これからもあじさいを見る度にあなた様を想っておりますよ)

この歌は丹比国人真人 (たじひのくにひとのまひと) という官人の
慶事を記念する宴席で作者がおどけて女性の立場で詠ったもので
「八重咲く」とは花が密集している様子をいいます。

一方、目出度い象徴の「あじさい」は花の色が良く変わる事から
「七色の花」「七変草(しちへんぐさ)」と呼ばれ
「ころころと変わる信用できない人」の例えにも詠われました。

「 言(こと)とはぬ 木すらあぢさい 諸弟(もろと)らが
      練(ね)りのむらとに あざむかえけり 」 
                    巻4の773 大伴家持


( 言葉を話さない木ですら あじさいのように色の変わる花があるのに、
  ましてや使者の諸弟めの練達の言葉にうまうま乗せられてしまったわい )

 「諸弟」: 使者を勤めた人の人名 
 「練りのむらと(群詞)」: 「練りに練った言葉の数々」

この歌は大伴家持が婚約者の坂上大嬢におどけて贈ったもので
今で言えば
「うまうまと仲人口に乗せられてしまったよ」といったところでしょうか。

幕末に来日したシーボルトは「アジサイ」に自らが愛した日本人妻 
楠本滝(タキ)の名を採って「オタクサ」(お滝さんの意)と命名しました。

シーボルトは日本原産である各種のアジサイを欧州に送り、
これらが盛んに改良されて豪華な西洋アジサイになり、
やがて我国に里帰りします。

かくして和洋様々な「アジサイ」は日本列島津々浦々に咲き誇り、
私たちを楽しませてくれているのです。

「シーボルト 愛でしあじさい 今も尚
      この鳴滝に 多きあじさい  」 太田みね

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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:42 | 植物

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