万葉集その六十二(藤の木はお酒がお好き)

初夏を彩る藤の木は大の酒好きです。

年に何回かの栄養の補給に培養土と共に酒や酒糟を加えると
元気になり、また生け花では切った藤の木を酒にしばらく漬けておくと
水揚げに良いとされています。

藤は古事記の時代からその美しい花木を愛でられてきましたが、
その繊維から衣料を作り、家具、曳き綱、吊り橋、笊、籠の材料、
さらに染料など多岐にわたり利用された有用の植物です。

750年初夏、大伴家持は配下の官人たちと共に
布勢の海で舟遊びをしました。

岸に舟を寄せると新緑の森の中を薫風が吹き渡り、
藤の花房が波のようにゆらりゆらりと靡いています。

「 藤波の影なす海の 底清み 
    沈(しづ)く石をも 玉とぞ 我(あ)が見る 」
               巻19の4199 大伴家持


( 花房を風に靡かせている藤の花の美しいこと。
それが鏡のような水面に映っているのもまた素晴らしい。
澄み切った水底に沈んでいる石までも藤色の宝石のように
輝いているよ )

布勢の海:高岡市と氷見市にかけて存在した入江で
      現在は殆ど干拓されている

万葉人は郊外の山藤を愛でていましたが、やがて身近な庭に移植して
楽しむようになります。

「 恋しけば 形見にせむと わが宿に
    植えし藤波 いま咲きにけり 」 
            巻8の1471 山部赤人


( あの人が恋しくなったらよすがにして偲ぼうと私の家の
  庭先に植えておいた藤の花が波打って咲いたところです 
  あの人は今頃どうしているでしょうか )

形見という言葉は現代と異なり
「その人の姿、形の代りとして見る拠りどころ」 という意味です。

その女性との関係はまだ続いているのかどうかは分りませんが、
華やかな藤波の背景にしみじみとした哀感がただよってくる歌です。

藤棚が作られたのはずっと後の時代で、当時は主に松の木に
絡ませていました。

そのようなことから聳え立つ松を男性、寄りかかる藤を美しい女性
とみなした歌が多く詠まれるようになります。

 「 馬鹿になさるな 枯れ木じゃとても 
         藤に巻かれて 花が咲く 」 
               ( 広島の古民謡 )

[PR]

by uqrx74fd | 2009-03-08 10:41 | 植物

<< 万葉集その六十三(あじさい:オ...    万葉集その六十一(時の記念日) >>