万葉集その五十五(すみれ摘み)

「ビオラ・マンジェリカ」この響きの良い言葉は菫(すみれ)に与えられた学名です。
旧満州産のものについて命名されたので頭に「マン」と付いています。

すみれはアジアの温帯から暖帯までかなりの広範囲に分布していますが
とりわけ日本では50種類近くの品種がありスミレ王国といわれています。

スミレの語源はその花の蕾の形が大工が使う墨入れ(墨壷)に似ているため
とされていますが他に「摘まれる」からの転訛、あるいは染料に用いられる
ところから「染みれ」が「すみれ」になった等、諸説あり定まっておりません。

古代、スミレは染料に用いられたほか葉や根は食用、薬用にも供され
春になると人々はこぞって菫摘みにいそしみました。

「 春の野に すみれ摘みにと 来し我れぞ
     野をなつかしみ 一夜寝にける 」 
                  巻8の1424 山部赤人


( すみれ摘みにやってきたけれどなんと春の景色の美しいこと
  つい見とれているうちにとうとう一夜をあかしてしまいましたよ)

「野をなつかしみ」というのは「親愛のあまりそこから離れたくない」
という気持ちで
「春の野にすみれを摘みにやってきた。
摘んでいるうちにすみれが綺麗なぁ、可愛いいなぁと夢中になり
ふと気が付いてみたら日が暮れてしまっていたが、
なお立ち去りがたくとうとう一晩すみれのもとで過ごしてしまった」
という意を詠んだものです。

この歌のすみれはただの花ではなく若い乙女という説もあります。
齊藤茂吉は「可憐な菫の花の咲きつづく野を連想すべきであり、
またここに恋人などの関係があるにしても奥に潜(ひそ)める方が
鑑賞の常道のようである」
とされています。

この歌は後世、殊の外愛され、古今和歌集の序、
源氏物語(真木柱、椎木)にも引用され良寛も本歌取りをして
次のような歌を詠んでいます


「 飯(いひ)乞ふと わが来(こ)しかども 春の野に
      菫摘みつつ 時を経にけり 」  良寛(遺墨)


すみれの「すみ」に「住む」と「菫」を掛けています。

( 食べ物を頂戴しようと托鉢に出てきたけれども、
  春の野原で菫を摘んでいるうちについつい
 時間がたってしまったことだ )

その昔、江戸時代に「スミレ」とは「レンゲ(ゲンゲ)」のことであると
強く主張した人がいます。

香川景樹(かげき)という歌人ですが、レンゲはもともと中国産で
日本に渡来したのは室町時代といわれ(柳宗民説) 
万葉時代のレンゲの存在はありえない話でした。

これについて 久保田 淳さんは大変面白い話をしておられます。

「 正岡子規がこの景樹を<再び歌よみに与ふる書>で
<見識の低きこと今更申すまでもなくこれ候> とコテンパにやっつけたのに 
この子規がこともあろうに

 ( 赤人が 野をなつかしみ ねしといふ 菫の花はげんげなるべし ) 
  という歌を詠んでいるのにはこれは驚きました」 
          (花のものいう 新潮選書より)

余談ではありますが園芸品種のパンジー(三色菫)はフランス語の
パンセ(思考)に由来します。
うつむき加減に咲く花の姿が「考える人」を連想させるからなのでしょうか?

「 山路来て 何やらゆかし すみれ草(ぐさ) 」 

    芭蕉 (野ざらし紀行:大津に出づる道 山路を越えてより)

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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:34 | 植物

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