万葉集その四十九(雪解け)

春になり雪解けの水が流れる川を「雪解川(ゆきげがわ)」と云います。
近代の俳人 前田普羅は

  「 雪解川 名山けづる 響きかな 」 と詠みました。

748年、越の長官大伴家持は公務で越中国内を巡行します。

当時、立山(たてやま)は立山(たちやま)、早月川は延槻川(はひつきがわ)
と呼ばれており、その延槻川を家持は馬に乗って渡ろうとしています。

「 立山の 雪し来(く)らしも 延槻(はひつき)の
        川のわたり瀬(ぜ)鐙(あぶみ)漬(つ)かすも」
            
                     巻17の4024  大伴家持


( 川の水が随分増えているようだ。川水が鐙を浸して足が冷たいことよ。
  遥か彼方の立山の雪解け水が流れてきているのだろうなぁ。
 いよいよこの雪国にも春がやってきたらしいね )

  鐙: 足踏(あぶみ)の意。 鞍の両脇にさげ騎者の足を踏み掛ける馬具


延槻川は立山連峰の主峰剣岳や大日岳から発し西北流し
中新川(なかにいかわ)から魚津市に入り富山湾にいたる川です。

越中随一の急流で春から初夏にかけて立山連峰の雪解水が流れ込みます。

遥か彼方に美しい峰を連ねた山々が聳え立ち、その頂は白雪に覆われ
さながら屏風のように続いています。

その山々を眺望しながら足の裏に水の冷たさを感じ、立山の雪解けを
おもいつつ春の訪れを実感している清々しい歌です。

「 君がため 山田の沢に 恵具(えぐ)摘むと
      雪消(ゆきげ)の水に 裳(も)の裾(すそ)濡れぬ 」
              巻10の1839 作者未詳


(貴方の為に 山田のほとりの沢で「えぐ」を摘もうとして雪解けの水に
 裳の裾を濡らしてしまいました。
 でもいとしい人の為なら裳が濡れることなど何でもありませんわ)

この歌の「えぐ」とは何か?

古来から「芹」と「クログワイ」説があります。
「クログワイ」とは「カヤツリ草科」の多年草で池や沼などの湿地に生じ
直径1~2㎝の小さな芋(塊茎<かいけい>)を食用にしました。

「クログワイ」説の根拠は東国の方言に「エゴ」「イゴ」などがあること。
「セリ」説は風土記に「えぐとはせりを言うなり」の記述があること及び
実際に塊茎を掘ってみると「裳の裾濡れぬ」というような優雅なことでは
すまず、冷水の中で泥んこになる(細見末雄氏) などあり

牧野富太郎博士は「方言からみればクログワイなのかもしれぬが
この歌のエグはセリと解したほうが誠に穏当」とされています。

 最後に珠玉のような雪解け水の歌を新古今和歌集から一首。

「 山深み 春ともしらぬ 松の戸に
     絶々(たえだえ)かかる 雪の玉水 」 
               式子内(しょくしない)親王


( 春になったことさえ知らない雪深い山奥の庵 
  そこへ待ちわびた春が尋ねて来たかのように松の
  雪解け水が庵の戸に当たってほとほとと音を立てる。
  後白河天皇の皇女が描く姿なき恋人のような春の訪れ )

       ( 長谷川 櫂 著 四季のうた 中公新書より ) 
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:28 | 自然

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