万葉集その四十五(梅は母の木)

梅の字は「木」と「毎」の組合せから成っています。
「毎」の原義は母が頭飾りをして正装している姿をさし、
また母の字の中の二つの点(:)は女性の乳房を表し、
子供に対する授乳を強調したものだそうです。

梅が母の木とされたのは「つわり」に酸っぱい実が好まれたから(水上静夫説)と
云われています。

ウメの発音の由来は原産地中国の六朝時代に「梅」を「メエイ」とよんだのが
日本では「ウメ」となり、また唐時代に「梅」を「ンバイ」と発音していたのが
日本に渡り「バイ」という音読みになりました。

梅の歴史は古く今から3200年前の殷代の青銅器からウメの核(サネ)が出土しており
食用、調味料、薬用に用いられ、花の観賞は漢代からと云われています。

日本に初めて到来したのは奈良時代の終わり頃で、九州大宰府の庭で開花しました。

730年大宰府長官の大伴旅人は九州全島から主だった役人を集め官邸で華やかな
梅花の宴を催しました。

「わが園に 梅の花散る ひさかたの
   天(あめ)より雪の 流れくるかも 」 
            巻5の822 大伴旅人


白梅の花散る光景を天からの雪に紛うものとして詠いその美しさを讃えています。

( あれっ 雪かな 
 あぁ梅の花びらがまるで空から雪が降ってくるようで綺麗だなぁ。花の舞ですね )

列席の官人達も負けじと続いて詠います

「梅の花 今盛りなり 百鳥(ももどり)の 
         声の恋(こほ)しき 春来るらし」 

         巻5の834 田氏肥人(でんしのうまひと)
  

 「百鳥」色々なたくさんの鳥

( 梅の花が今満開だ。
  賑やかな鳥のさえずりの心躍る春がまさしくやってきたらしいよ)

 春まだ浅き頃に凛と咲き、ほのかに甘い香りを運んでくる中国渡来の白梅に
 万葉人はまさに欣喜雀躍し、百十八首もの梅の歌を詠みました。

 しかしながら「香り」を読み込んだ歌はたった一首しかなく万葉集不思議の
 一つとされています。

 また紅梅が本格的に渡来したのは平安時代になってからのことです。

 万葉人は「香り」よりも梅と動植物、自然とのかかわりのほうに
 興味を持ち、雪をはじめ鶯、柳、霞、春雨などと取り合わせ
 更に月光の中で梅の花びらが舞い落ちる能の舞台のような歌をも詠みました。

「誰(た)が園の 梅の花ぞも ひさかたの
      清き月夜(つくよ)に ここだ散り来る 」 
                10の2325 作者未詳


「ここだ」 こんなにもたくさん

( どこの方の庭の梅でしょうか。月の光が皓々と照るなかで
  花びらがこんなにもたくさんひらひらと舞い落ちてきますよ。
  空気も澄み切って素晴らしい夜ですね )

この歌は香りは詠みこまれていなくても月夜の中から馥郁たる匂いが
漂ってくる気配を感じさせてくれます。
万葉歌では珍しい雅の世界です。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:24 | 植物

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