万葉集その四十四(翁草・茂吉・接吻)

立春の歌枕の一つである翁草(おきな草)

その花は紫掛かった深紅色で釣鐘形をしています。
うつむき加減に咲くその姿は可憐な女性を連想させ、古代から多くの人々に
愛されてきました。

花がすむと花柱が白い羽毛状に変わり、それを白頭の老人にみたてて翁草と
言います。
大名行列で奴が持つ毛槍の穂先や禅僧が持つ払子(ほっす)に例えられる事も
あります。

また東国地方では花茎よりも根のほうが長いところから「ねっこ草」と名付けられ
女性の姿態を思わせる花姿から「寝っ娘(こ)」即ち共寝した娘と掛けて詠われます。

 「 芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なる ねつこ草
     相見(あいみ)ずあれば 我(あ)れ恋ひめやも 」 
                巻14の3508 作者未詳
 

 芝付の御宇良崎は神奈川県の三浦半島とされています。

 ( 三浦崎に咲くねっこ草のような可憐なあの娘ととうとう共寝してしまった。

 ますます想いが募って仕方がないよ。あの娘と会うことがなかったら

 こんなに思い焦がれることもないのに一目惚れだよ。これは )

 近代の歌人齊藤茂吉も万葉人と同じように翁草をこよなく愛し多くの歌を残しました。

 「 おきなぐさ 唇ふれて 帰りしが
      あはれ あはれ いま思い出(いで)つも 」 (赤光)より
 

 若き日の回想を詠ったものです。

 茂吉がいとおしく思い、唇を触れたのは「深紅の花」にですが
 「下句の表現から恋愛的抒情表現として受け止められてもそれはそれでも
 かまわない」と意味深長なことを述べています。

 1922年 茂吉はウイーンに外遊中、生まれて初めてでしょうか、
 「接吻」の場面に出くわし強烈な印象を受けました。

 帰国後その体験を「接吻」と題する随筆に書いています。
 (齊藤茂吉随筆集 岩波文庫)

 茂吉は公園を散歩しているうちに二人の男女が抱き合っている場面に遭遇し
 木陰に身をよせて立ち、じっと観察します。

 < その接吻は実にいつまでもつづいた。一時間あまり経った頃、
    僕は木かげから身を離して急ぎ足でそこを去った。
    「ながいなぁ、実にながいなぁ」こう僕は独語した。
    そして、とある居酒屋に入って麦酒の大杯を三息(みいき)ぐらいで飲みほした。
    そして両手で頭を抱えて「どうも長かったなぁ、実にながいなぁ」こう独語した。
    そこでなお1杯の麦酒を傾けた> とあります。

 さらに接吻という言葉の由来は旧約聖書で英語からの漢訳に「この子に吻接せよ」
 「我に吻接せよ」などあり、この漢訳から思い付いて邦訳で「接吻」としたかも
 しれぬとしています。

 最後に <僕はいつぞや「おきな草 くちびるふれて かへりしが」などという歌を
 こしらえたことがあり、ある詩人は既に「くちふれよ」「くちふれあいし」とも
 用いている > と結んでいるのです。

 一時間にわたる接吻とは茂吉も驚嘆したことでしょうが、
 それにしても、よく動かずにじっと観察していたものだと感心いたします。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:23 | 植物

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