万葉集その四十三(立春)

節分が冬と春とを分け2月4日は立春。
「春立つ」という言葉には「生きとして生きるものが生まれ、動物は冬眠から覚め、
植物は新しく芽吹き、そして人は寒い冬から解放されて明るく軽やかに活動を始める」
という意味が込められています。

「春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山
      鶯 佐保姫 翁草 花を見捨てて帰る雁」


これは1179年頃、後白河法皇が編纂された「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」という
当時の流行歌の歌詞を集めた書物の中の「物は尽くし」とよばれるものです。

春の初めの和歌に読み込むべき言葉(歌枕)が並べられています。
佐保姫とは奈良の佐保山におわします春の女神のことで秋の女神は竜田姫といいました。

「霞たなびく」をはじめ「鶯」「翁草」「帰雁」は早くも万葉時代に出てまいります。

「ひさかたの 天(あめ)の香具山 この夕べ
  霞たなびく 春立つらしも 」 
         巻10の1812 柿本人麻呂歌集より


「伊予国風土記」によると香具山は天上より天降(くだ)った時二つに分かれて
一つは大和に落ち、もう一つは伊予に落ちて天山になったと書かれています。
このような由来から香具山は神の山と考えられていました。

万葉人は聖なる山に霞がたなびく時、「春来る」との共通の認識を持ち、
目前の夕靄(ゆうもや)を見て春の訪れを実感したのです。

( 長い冬が過ぎて寒々としていた大和平野にも何時とはなく夕靄が立ちはじめ、
  美しい香具山がおぼろに煙って見える。 ああ 春が来たのだなぁ。)

おおらかな調べで、美しくも堂々たる風格を感じさせる一首です。

「この夕べ」の「この」で「今日の夕べ」という時をはっきり限定し
「春立つらしも」と詠い収め「暦が春になったその日」即ち立春を寿ぐ歌であります。
また後に続く歌との関連から国見歌ともされています。

立春とはいえまだまだ寒く雪が降ることもありましょう。
万葉人は「もう雪は結構です。勘弁して頂戴」とも詠いました。

「今さらに 雪降らめやも かぎろいの
  燃ゆる春へと なりにしものを 」 10の1835 作者未詳


( 陽炎(かげろう)の燃え立つ春になったのに、なんで今さら雪なんか降るんだろう
 もう雪なんか沢山だよ )

豊饒をもたらすとされた天からの使者も長居しすぎて、とうとう万葉人に
お引取り下さいと敬遠されてしまいました。

南の地では早や「ネコヤナギ」が芽吹きはじめたと伝えられています。
一歩一歩 春が近づいて参りました。

   春よ来い はやく来い  おうちの前の 桃の木の
   蕾もみんなふくらんで  はよ咲きたいと待っている

          (相馬御風作詞 春よ来い 二番より) 

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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:22 | 自然

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