万葉集その二百十一(たたなづく青垣)


「 大和は国の真秀(まほ)ろば 畳(たた)なづく青垣
     山籠れる 大和しうるはし 」      古事記


( 大和は素晴らしい国どころ、幾重にも重なる青々とした垣根のような山々
 その山に囲まれた美しい大和よ )

『 国土平定のため転戦、席暖まる暇もなくついに征途に薨ずるヤマトタケルが最後に
発した。病すでに重く死の迫ってきたのを自覚した時、命(みこと)の心には故郷を思う
情がにわかに切になったのであろう。

まず心に思い描かれるものは緑なす山々に囲まれたわが国土の中心大和の自然であった。

辺土から辺土へと戦いの半生を経てきた命にとって少年時代をすごした大和の地こそ
帰るべき心の故郷であったに違いない。( 青木生子:「万葉の美と心」より要約抜粋 ) 』

原始時代、平野も木々で鬱蒼と覆われていました。

やがて平野が開墾され水田が大きくひらけてくると、向こう側に青々とした山々が
くっきりと浮かび上がります。
それは青い垣根あるいは襖のように見えたことでしょう。

「 -吉野の宮は たたなづく青垣隠(ごも)り 川なみの清き河内ぞ  
春へは花の咲きををり  秋されば霧たちわたる - 」
                 巻6-923 山部赤人(長歌の一部)


( - 吉野の宮は 幾重にも重なる青い垣のような山々に囲まれ、
川の流れの清らかな河の内にある。
春には野にも山にも花々が咲きみだれ。秋には川面一面に霧がたちわたる ― )

聖武天皇吉野行幸の折、自然の美しさを讃えながら天皇の繁栄を寿いだ歌です。

かって持統天皇行幸時に柿本人麻呂が詠った現人神崇拝の言葉は消え、
景観の美しさを全面的に押し出しているところに時代の変化が感じられます。
山と川を対比させながら生き生きと自然を詠う赤人の一首です。

「 たたなづく青垣山の へなりなば
    しばしば君を 言(こと)とはじかも 」 
                巻12-3187 作者未詳

( 幾重にも重なる青垣山が私達の間を隔ててしまったならば、
  あなたさまに度々お便りできなくなりますまいか )

美しい山に囲まれた大和は安泰な生活を意味するものでした。

その安全な土地から危険極まりない土地へ旅する男の身を案じるとともに
もう二度と会えないかもしれないと懸念を抱いている女性です。

ここでの青垣山は愛する二人にとって仲を隔てる高い垣根のように
見えたことでしょう。

関東平野を除きことごとく三方四方、山に囲まれた我が国土。
「青垣 山籠れる 大和しうるはし」という望郷の歌は、
やがて広く日本人に共通する景観感覚となり、
大和のみならず日本国全体を讃える美称となって
今もなお生き続けております。

「 古の事は知らぬを 耳無や
       畝火香具山 青葉しみやま」 伊藤左千夫

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by uqrx74fd | 2009-04-21 14:20 | 自然

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