万葉集その三十六(歌垣)


古代に歌垣という行事があり、東国地方では「かがい」と

よばれていました。

「かがい」とは歌を掛け合い、踊るといった意味です。

本来は豊作を祈ったり、豊年であったことを感謝する行事でありましたが

次第に歌を仲立ちとした男女の求愛の場となり、

性の解放も許されていたようです。

とりわけ筑波山の歌垣は全国的に有名で春秋2回の行事には都から役人が

視察に来たという記録も残っています。

伝説歌人といわれる高橋虫麿呂は当時の様子を次のように語っています

「鷲が住むという筑波の山奥に裳羽服津(もはきつ)というところがある。

その場所にお互い声を掛け合って誘い合わせた男女が多数集まり、

大いに歌い、且つ踊り実に楽しそうだ。

このような晩には俺も人妻に交わろう。俺の女房には他人も言い寄るがよい。

これはこの山を支配する神様が遠い昔からお許し下さった行事なのだ。

何をしても咎めだてしてくれるなよ 」    (巻9の1759の長歌を抄訳)



「男神(ひこかみ)に 雲立ち上(のぼ)り 時雨降り

   濡れ通るとも 我れ帰らめや」 巻9の1760(高橋虫麿呂歌集)


 「男神」 は筑波山西側の男体山

( 男神の嶺に雲が湧き上がり 時雨が降ってびしょ濡れになろうとも

 楽しみ半ばで帰ったりするものか。今夜はとことん交わるぞぉ )

この歌垣という行事は筑波山のみならず日本各地で行われており、

摂津の国(兵庫)の鄙人(田舎者)夫婦にまつわる面白い話が残っています。

摂津の国住吉というところで行われた歌垣に

「人妻におれも交わろう 他人も俺の女房に言い寄るがよい」と

心を弾ませて出かけた夫婦がいました。

当時は夫婦別居の習慣(男の通い婚)でお互い現地待ち合わせです。

鄙人の妻は毎日家業に明け暮れ、汗にまみれた真っ黒な山妻でした。

彼女は今日は歌垣ということで日頃の身なりとは打って変わり、

めかせるだけめかし、顔に厚化粧をし、年に似合わぬ派手な装いに

着飾っていきました。

ところが現地で妻を見た夫は彼女のあまりの変貌とその美しさに

息をのみ且つ驚嘆し

「他人の妻に我は交じらはむ」の勢いはどこへやら。

衆人の前で「どうだ、俺の女房は美人だろう。凄いだろう」と

大いにのろけたということです。

「住吉(すみのえ)の 小集楽(をづめ)に出(い)でて うつつにも

    おの妻(づま)すらを 鏡と見つも」 

            巻16の3808 (作者未詳)

 「小集楽」は歌垣の集い

( 住吉の歌垣の集まりに出かけてきたが、夢ではないか。いや現実だ。

  ピカピカと鏡のように光り輝く女。我が妻ながら大いに見直したぞ。

  どうだ諸君。美人だろう、わが女房殿は!)

ところがどうやらこの鏡のごとく光り輝く妻の姿はあくまで鄙人の夫だけに

映った美しさだったらしく、不必要な厚化粧、ど派手に着飾った妻の姿は

他人から見れば随分と滑稽な姿だったようです。

ところが夫はそのようなことに気が付かずただただ美しいと見て

のぼせ上ってしまいました。

だからこそこの夫婦は「鄙人の夫婦」だったのです。
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by uqrx74fd | 2009-03-08 10:15 | 生活

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