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万葉集その三十四(好きなのは貴方だけ)

奈良時代の平城京の人口は約20万人。宮廷に勤務する宮人達は
約1万人と推定されています。

華やかに着飾った人が行き交う雑踏の中で一人の女性が
物思いに耽りながら歩みを進めています。

人は「群集の中に一人いると孤独を感じる」と言いますが
この女性はある人を一途に思いつめ幸せな気分に浸っているのです。


「うち日さす 宮道(みやじ)を人は満ち行(ゆ)けど

     我(あ)が思う君は ただ一人のみ」 

               巻11の2382 作者未詳


「うち日さす」は宮道の枕詞。日のさし照らす意で宮道をほめたもの

( 都大路に人はあふれるばかりに行き来しているけれども、私には

 関係ない人ばかりだわ。今の私にはあの人のことしか考えられないの。)


話は変わりますが

「墨壷(すみつぼ)」という大工や石工が直線を引くのに用いる道具があります。
現在でも宮大工が使っているようです。
墨が付いた糸を加工材の上に真直ぐに張って垂直に軽く弾くと黒線が材面に
印されます。万葉人はこの印された黒線を墨縄とよんでいました。

乙女は木材の白い木目に印された線の如く「私の恋は一直線よ」と決意します。

「かにかくに物は思はじ 飛騨人(ひだひと)の

 打つ墨縄の ただ一道(ひとみち)に 」 巻11の2648 作者未詳


「かにかくに」: あれこれと 「物は思はじ」: 物事を思い悩むこと

(あれこれともう悩むまい。飛騨の工匠が打った墨縄が

一直線に伸びているように、ただ一筋にあの方を信じよう)


更に一日でも逢えないと辛いのに、長く逢えなかったら
「もう恋死にしそう」と詠うのです。

「あらたまの年の緒長く かく恋ひば

 まことわが命(いのち) 全(また)からめやも」 
 
        巻12の2891 作者未詳


「あらたま」年に掛かる枕詞 
「年の緒」年月を糸や紐のように長いものと見なした表現

( 年長くこのように恋をしたなら本当に私の命はいつまで持つのでしょうか。

 とても無事ではおられますまい)

恋の始まりの初々しくもまた情熱的な歌です。

一途に恋をした青春時代を思い出します。

by uqrx74fd | 2009-03-08 10:13 | 心象

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