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万葉集その三十三(鹿鳴く)

秋が深まると牡鹿が雌鹿を求めて朝も夜も鳴き出します。

鹿はどのような声で鳴くのでしょうか?

万葉学者の伊藤博さんは京都、高雄の奥山での体験を
次のように書いておられます。

「奥深い山々は森閑として暗く、物音一つ聞こえない。
そのうち10時近くになって全山を響かせて鳴く鹿の声を聞いた。
「カーヒョー」長く尾を引き、澄んで高い声は哀調を帯び、
余音を残し一声だけで終わる。

そして4分ばかりの間を置いて鹿はまたカーヒョーの高鳴りを
浸みいるように響かせた。
その間隔は規則的で寸分の狂いもない。
カーヒョー。「ヒョー」のところがひときわ高く、そこが長く続く」

 伊藤博著 「萬葉集釋注四より一部抜粋」

まずは明け方の鹿の声の歌です。


「 このころの 秋の朝明(あさけ)に 霧隠(きりこも)り

 妻呼ぶ鹿の 声のさやけさ 」 

 巻10の2141 作者未詳


「朝明」は暁に続く時間帯で日の出前のひととき。

( 秋も深まった今日の明け方。霧に隠れて妻を呼ぶ鹿の鳴き声の

なんと澄み切って清々しく響き渡っていることよ )


引き続いて、万葉最高の名歌の一つとされている舒明天皇の歌。


「 夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は

 今夜(こよい)は鳴かず 寝(い)ねにけらしも 」 

巻8の1511 舒明天皇


「夕されば」 夕方がくると 「小倉の山」奈良県桜井市今井谷付近と推定

( 夕方がやってくるといつも小倉山のところで鹿が鳴くものを

 今夜は一体どうしたのかしらん。鳴かないなぁ。

きっと妻を得て安らかに寝ているのであろうよ )


鹿の声が「カーヒョー」と聞こえてきそうな静かな夜、
作者自身の感情の流れをそのまま自然の中にとけ込ませ、
更に深い慈愛をも感じさせるこの歌は辛口評価が多い
学者や評論家の皆さんも等しく「歌そのものを心ゆくまで
朗誦する以外に真価を知るすべがない」と脱帽の態です。

ところで「鹿鳴(ろくめい)」という言葉は中国最古の詩集「詩経」の
小雅編の「鹿鳴」が出自です。

この詩は祖霊神が一族のもとに降臨したことを歓待することを述べ、
鹿は神の使者として歌いこまれています。
さらに祖霊に供物を捧げ、音楽を演奏し、歌い、一族の歓待の意を示す
歌でありました。

その後「鹿鳴」という言葉は「親しい人をもてなす」意から
「賓客をもてなす」という意味に変わり、明治政府は新設の迎賓館を
「鹿鳴館」と名付けたのです。

然しながら、当時の賓客は欧米人ばかり。
漢字が読めない人達に「鹿鳴」の意味が分かったかどうかは
大いに疑問です。

因みに当時の「鹿鳴館」は今の帝国ホテルの東側にあり
日比谷公園に面していました。

設計者はイギリス人ジョサイア・コンドルで、
彼の作品は今なお神田駿河台に聳え立つ「ニコライ聖堂」が
残っています。

又、神格化された鹿はその後「麒麟」という想像上の動物になります。
広辞苑によると

「 雄は「麒」、雌は「麟」といい、聖人の出る前に現れ、
形は鹿に似て大きく、尾は牛に、蹄は馬に似、背毛は五彩で毛は黄色。
頭上は肉に包まれた角があり、生草は踏まず、生物は食べない一角獣 」 
とされています。

そして、神様のお使いのこの動物はやがて日本では「麒麟麦酒」の社名となり
ラベルにも使われるようになったのです。

by uqrx74fd | 2009-03-08 10:12 | 動物

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